福田康夫元総理がなく亡くなったという。選挙区は旧群馬3区、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫の4人の総理、そして社会党書記長だった山口鶴雄さんらを輩出した日本の政界を背負う有名な選挙区で私も若い時代にその選挙区に属していた。
面白い話がある。
当時は立会演説会と言うものがあって、公共施設で立候補者が有権者に訴えていた時代だ。中曽根さん、福田さん、小渕さんらが自民党公認候補だったが、中曽根さんは総理を狙っていた時だ。中曽根さんは「小渕さんに負けたら目がないんです」と懇願し小渕さん以上の票が取りたかったのだ。結果は小渕さんより上だったと思う。
群馬県Þ高崎は3人の総理を抱えて、公共事業でも得をしていたのではないかと聞かれることが多かったが、特になることは何もなかった。その理由は誰かが努力して公共事業を持ってくると、必ず相手方が自分が持ってきたという。だから「ばからしい」のだ。
ただ、中曽根さんの時に原子力開発が盛んに言われたことだ。その時原子力研究所を高崎に持ってきた。「何故研究所なんだ」と言われたらしいが原発を持ってくると地元民が騒ぎ出すかららしかった。
高崎で国道17号と国道18号が交差する区間が渋滞で大変で改善が叫ばれたが、上記の理由で遅々として進まなかった。
選挙運動中、中曽根陣営の街宣車と小渕陣営の街宣車がすれ違ったとき、中曽根陣営から「小渕候補のご健闘を祈ります」と言えば、小渕さんが手を振ってこたえていたのを見たことがある。
その小渕さんが総理になった時、小渕さんは支持者の前で「中曽根、福田の間に挟まれてうまくやっているのだから大丈夫だろう」と判断したのではないかと笑いを誘っていた。
福田康夫さんが総理になってから記憶はあまりないが、一大イベントは洞爺湖サミットだろう。警備上楽と考えたのだろうが、コンビニから白バイが出動するシーンが写真週刊誌に乗ったことがある。
何かの海外要人を招いてのイベントの写真に何かの手違いがあり、すくり直した時に、「古いのをどうするか」と問題になった時、康夫総理は「私がもらっておく」と言い、私的事務所に飾ってあるはずだ。ンンでも大切にする総理だったのだ。
亡くなって初めて康夫総理の良さがわかったはずだ。官房長官時代のエピソードが多いのではないか。