2009年7月31日金曜日

マニフェストに頼りすぎる危うさはないか?




今、マニフェスト論争花盛りだ。4年前の小泉政権では120項目の政策を掲げていたが、表向きは「郵政民営化」の是非を問うわかりやすい政権選択にカモフラージュされていた。それとは反対に、今回は「生活を守る」ことを大前提にした多くの政策が掲げられ、それぞれを有権者にとっては判断に苦しむ難しい「政権選択選挙」になってきた。

 候補者或いは政党が、政策を掲げ有権者に実行を約束する公約であるが、信じる者にとっては、公約違反という結果を突きつけられ事になる。4年前の自民党の120項目のマニフェストについて、その実施結果を自民党は達成55件、取組中65件、未実施0件と評価した。一方「他に大事なことがある」と主張して戦い前評判と異なり敗北した民主党は、20~30点のできで「公約違反」の評価をした。

 曖昧な表現の公約は、約束した政党にとっては、評価も曖昧に出来る。

 政権についている政党がマニフェストを作成する場合は、ある程度実現可能な政策を挙げることが出来るが、政権についていない政党がマニフェストを作成するときは、人気を得るために、どうしても「バラマキ」になりやすいと言う。国政も当然であるが、知事選、市長選など地方選でも言えることである。

 マニフェストを財源も含めて厳密に考えると、新人や初めて政権を目指す政党にとっては、現役に比べて大きなハンデイーを持つことになり、公平性に欠ける。

 投票に行く場合、何を重点に考えればよいのか、迷う。特に「選択選挙」であればなおさらだ。公約のキャッチコピーを見ると、「全政党が協力すればどんなに良い政治が出来ることか」と考えるのであるが、そうはいかない。

 候補者を政党で選ぶか、人物で選ぶか。

 政党で選べば、マニフェストであり党首の顔だ。議員はYESマンであればいい。今まで政治の世界に顔を出したこともなく未知数であるが、知名度があれば候補者としては十分だ。民主党はその地方で知名度の高いマドンナ候補20人を刺客としてたてている。経歴からうなずける人もいるが、どうしてこんな人がと言う人もいる。中には「小沢代表代行の命により・・」と街頭演説する女性候補者もいるようだ。
 
 「政権交代」の風潮に乗って、こんな議員が増えると郵政民営化選挙後の政治情勢の再来だ。政策の議論も十分にされず、党内の決定プロセスは曖昧で、閉鎖された党になる。
 候補者の人物で選んだらどうなるか。

 自分自身の「国家感」、「信条」で「国民のため」の政治追求することも大切だ。所属する政党のマニフェストを参考に、自分でマニフェストを作成し、有権者の賛同を求める。政党の決定プロセスにも参画し、開かれた政党を目指す。

 今日本に必要として掲げる政策課題は、どの党も同じだ。違いは目標実現に向けての手段だ。十分に議論する時間があれば、それも解決する。そのために派閥や政策グループがある。

 今の国会で一番の問題は、国会内で十分に時間をかけた議論がされないことだ。民主党は政治のやり方を替えるとして、事務次官会議の廃止を提案している。今までは、各省庁から上がってきた案件は、事務次官会議で検討された物件しか閣議にかけられなかった。
政治の決定プロセスからして、官僚主導の政治である。

 更に悪いことに、官僚組織に不利な改革が審議されても、事務次官会議にかける前に、官僚の手によって骨抜きにされる事案が出ている。公務員改革法案も、一行追加することにより、新たな改革事項が骨抜きにされたこともあるらしい。

 言い換えれば、国会議員は法案が国会に提出するまで、その議案を最終的にチェックしていないのだ。官僚を批判する前に、自分たちが反省すべきでもある。

 この事務次官会議の廃止について、長く官邸で官房副長官を経験した元事務次官が、「事務次官会議の仕事を国会議員が代わってする時間的余裕などないのでは」とコメントしていた。

 政治のやり方を変えなければ、いくら良いマニフェストを提案してもダメなのだ。

 政策はどの党もほとんど変わらない。実現に向けた手段はいろいろある。寧ろ国会で十分に議論することだ。だったらしっかりした信条を持ち、やる気のある候補者を選んだ方がよい。

 難しく、各党まちまちなマニフェストを読むよりも、「国民のため」の政治を掲げ意欲のある候補者を選んだ方が為にならないか。こっちの方が候補者も訴えやすい。所属政党のマニフェストを完全に理解している候補者がどれだけいるのか。財源を含めたその実現性を説得できる候補者がいるのか。

2009年7月30日木曜日

マニフェスト論争:どちらが「よりマシか」で決めるしかない




自民党の選挙公約の概要が明らかになったことで、各政党の政策が出そろった。社会不安解消に向けた景気・雇用対策、年金問題、少子高齢化に向けた教育、子育て、政治行政改革、農業政策など各党の政策論争が加熱している。

 マニフェスト選挙だから、しっかりマニフェストを読もうと思い政権要旨を眺めるが、「自分が何を求めているのか」、政権選択のポイントが分からなくなってくる。お金がないので子供が高校へ行くのを諦めたという母子家庭、共稼ぎしたいが保育施設の不足で働けないなどの話を聞くと、子育て支援はやらなければならないと思う。孫が保育園に行っているので、そこの事情はよく分かる。

 私のような年配者(高齢者)にとっては重点も違ってくる。財源確保のために配偶者控除が廃止されると大きな増税になる。高齢者医療制度、介護問題も切実な問題だ。それぞれの立場で重点を絞っていくと、どの政党に今後4年を託せるか判断が付きにくくなる。

 更にここに来て、党首の発言が問題になっている。

 鳩山さんは、今回発表した政策集は正式なマニフェストではないと言い出した。全国知事会が要求する「地域主権」を目指すかどうかで国と地方の協議機関を入れる必要が出てきたための発言らしい。公示日に配る正式なマニフェストには追加するらしい。

 一方、麻生さんも高齢化社会に向かって、「高齢者をどう使うか」「高齢者は働くしか能力はない」と発言したそうだ。麻生さんは「舌禍」で人気を落とす。「外に出ないで、何も喋るな」が自民党議員の本音かも知れない。「高齢化社会にあって、高齢者はまだ働ける。若者には負けない十分な技能も持っている。働きたい高齢者の希望が叶える社会を構築しなければならない」と言えば、政策も出てこようが、「高齢者は働くしか能力がない」では、何も出てこない。お粗末な総理であることに間違いはない。

 新聞は皆、同じ事を書くので、読めば読むほど分かることが少なくなる。何か目新しい事はないかと、他の出版物を見たりテレビのチャンネルを切り替えて情報番組を見るが、欲しい情報はない。

 そんな中で、6党の参議院議員が出席し各党のマニフェストを論じたテレビ番組があった(7/3 テレビ朝日 スーパーモーニング 各党マニフェスト対決)。

 キャスターの「一番の売りは何か」との質問に、自民党は政権運営の責任、国家運営の基本を示すと言う。民主党は補助金などムダを廃止し、予算の総組み替え、政治家改革、政治資金規正改革をするという。共産党は自公政権さようなら。社民党は生活再建、構造改革で暮らしはぼろぼろ、雇用・社会保障で立て直す。国民新党は郵政民営化見直しが1丁目1番地だ。

 やはり問題は、その財源だ。民主党の岡田さんが言ったように「財源なくして政策なし」だ。

 自公は、民主党政策に財源が不明確で、民主党では財政再建は出来ないと主張し、民主党政権になっても借金はゼロには出来ないと言う。借金は既に846兆円にもなり、人気取りのためのバラマキは出来ないのだ。しかし、「ここ3年間でも140兆円の赤字を積み上げたのは自公政権じゃないか」と反論されている自民党は、2011年のプライマリー・バランス改善に向け、骨太2009,ムダの削減もやり工程表も出すという。

 一方、民主党の政策では2013年度の所要額、16.8兆円を挙げているが、この財源をどうするのか激論になったのは当然だ。埋蔵金の他に、民主党は、特別会計で毎年4~5兆円の不用金(余剰金)がフローで出ており、それを当てるという。私も国家財政を検討した人の出版物で毎年10兆円ぐらいの余剰金があることを知った。特別会計は国会の審議も経ない予算であり、国家公務員の言いなりの予算になっているのが現状だ。ここはしっかりチェックし、ムダを排除しなければならない。

 共産党も、今回のバラマキ予算で出た15兆円の財源はどうなっているのか。自民党も真剣に考えていないと追求した。今は、暮らしの大変な人を支えなければならないと主張していたが、同感である。米国のノーベル物理学賞受賞のクルーグマン教授も、その著書「危機突破の経済学」で緊急の政策は、大企業や富裕層向けの減税ではなく生活弱者の救済を提案をしている。

 コメンテーターが少子高齢化社会に向けた、少子化対策、高齢化対策が必要だという提案する。

 少子化対策では、保育所などの施設を増やし、待機児童をなくすという。高齢化対策では介護の実体はむごいことになっている。介護職員は20%の離職率で給料が低い。民主党は+4万円を考えているという。8000億円かかると言うが、税金のムダを排し、優先順位を付けて課題を実施すべきである。

 別のコメンテーターは、自民党は自己批判が無さ過ぎるという。今回提示された政策は、既にやっていなければならない政策であり、どうして今出てくるのかと首をかしげる。

2005年に公約された120施策の実施状況は、公約達成55件、取り組み中65件、未達成0件という。各党は、未達成0件はおかしいという。自民党が独自に評価したモノだが、民主党も評価して、30日に発表するという。
詳細にどうなっているのか知りたい。こういうときに役立つのがPDCAサイクルの採用である。政策目標達成に向け、出てきた課題をどう解決し、目標実現に向けてどう努力しているか。それぞれの政策に対する課題の達成状況はどうなっているか。これさえやっていれば、誰でも評価できる。政策決定後の、国民の要望に対してどう対応しているかも分かるのだ。

民主党にも聞きたいことがある。どのような日本の経済社会を構築しようとしているのかだ。自民党は経済成長率2%、200万人の雇用創出、年収100万円増などを掲げている。民主党政権になるとどんな社会になるのか。

 ところで、各党が政権を執った場合は、誰が総理候補になるのか。

 自民党の麻生さんは、「政党の責任力」を問う。民主党は鳩山政権として政策を推進し、4年間で実績が出なければ、当然に責任をとり退くという。一方、自民党は7~10年の長期ビジョンを示したが、今後4年間での工程は不明である。それにもましてもっと大事なことは、誰が政権を担うのか。個人的にも資質に問題があり、党内をまとめることも出来なかった責任は自分にあると反省、謝罪したのは麻生さんだが、今後4年間も麻生さんで行くのか。
 
 今、流れは「民主党過半数確保可能か」だ。麻生さんが選挙に勝って再度政権を担うことなどメデイアは考えていないので追求しないのだろうが、麻生さんが野党党首である事にも、一抹の不安を感じる。

 自分自身の立場に立って、「どの政党の政策か」を考えていくと、「この政党だ」というのは見つからない。自分にとっては不利な政策もあるだろうが、全体を見て「どの政党がよりマシか」で判断するしかない。

民主党の意気込みは買える。

2009年7月28日火曜日

政権公約はPDCAサイクルで修正しながら実現を



民主党の政権公約を詳細に報じる今日、28日の新聞は、さながら民主党の機関誌のようだ。
 政権についたことのない民主党が、工程表を付けてマニフェストを公表したことは、官僚主導政治でがんじがらめにされ、詳細は全く分からないブラックボックス化した行政にあっては、評価すべきではなかろうか。
 絶えない「生活不安」の解消に向けた5つの約束事が主要点になって居ることは当然としても、鳩山さんが主張する「予算の建て方を変える」、「公約が実現出来なかったときは責任をとる」、「消費税は引き上げないと言ったが議論はする」、「官僚主導政治から政治主導への改革」は、何故か今回は任せてみようという気が起こってくる。

 麻生さんはこの民主党のマニフェストを「財源が無責任で、極めてあいまい」と酷評するが、自民党政権だってこの10年間で300兆円もの借金を積み上げて政権維持の人気取りバラマキをやってきた。

 自民党は今週末にもマニフェストを公表すると言うが、財源がどうなっているのだろうか?政権政党であるために、政策、財源は官僚の「お墨付き」だろうが、そうだとすれば今までの延長線上の内容であり、何ら「改革」にはなっていないはずである。

 工程表をつけ、数値目標も上げた民主党のマニフェストは、検証も容易になる。

 PDCAのサイクルを廻し、設定目標から外れそうになると修正をかけ、現状にあった目標の修正も考えられる。民間会社では良く採用されている品質管理手法であるが、行政での採用は遅れている。

 行政にもPDCAサイクルの適用は、経団連会長であった奥田さんが、何かの審議会(委員会)で提案したり、東洋大の元教授であった高橋洋一さん(埋蔵金発掘者)が必要性を論じていたが、政治改革に本気で取り組むのであれば、PDCAの採用は不可欠だ。

 当然に、各官庁も取り組んで、国民の前に「開かれた行政」にすべきだ。

 そうすることにより、消費税の問題、外交/安全保障の問題も国民的議論の場に広がってくる。

 今、自民、民主の立場は与野党が逆転したかのようだ。雪崩的「政権交代」が実現しそうであるが、これは危険だ。両党が切磋琢磨し改革を進める必要がある。そのためにも、自民党は「改革」に向けた政権公約を発表すべきである。

 ところで、「どんな社会」が実現するのか。

 緊急経済対策が発表されるたびに「どんな社会」が実現するのか、なかなか描けない。マニフェストでも「国民の生活」を第一に考えた政策が挙げられているのだが、描けない。経済指標は底打ちと言うが、実体経済では感じられない。

 「生活不安」が抜けきらないのもこのためだ。もう少し我慢すればどうなるのか、負担が増えればどうなるのか。為政者は、私利私欲に捕らわれず,責任を持って議論すべきだ。

2009年7月26日日曜日

有言実行 これぞ国の宝だ







京都に行けば、必ず三千院に寄ることにしている。何回も来ているが、来るたびに新しい発見がある。

 そんな三千院で出くわすのが「一隅を照らす」だ。最初に知ったのは比叡山延暦寺の根本中堂だった。ここには、「一隅を照らす」の看板(?)が掲げられている。

 最澄が比叡山を開山されたときに、山家学生式という修行僧の規則を作った。その中に「国宝とは何ものぞ、径寸十枚これ国宝にあらず。一隅を照らす、これすなわち国宝なり」と、比叡山を一隅を照らす人を養成する道場とされたのだ(この項 京都大原 三千院冊子より)。地方に行けば、お寺に「一隅を照らす」という看板が目につく。

 「一隅を照らす」とは、人それぞれがその立場での役割を十分に果たしていくことで、社会の一隅、心の一隅を照らされ、ひいては世の中全体を明るく平和になるようにしようと心がける運動だという(同冊子より)。

 自分の今の社会の立場で、最善を尽くすことは、言われるほど簡単なモノではなさそうだ。

 前述の山家学生式には、伝教大師の教えとして、「よく言いて行うことあたはざる国の師なり。よく行ないて言うことあたはざるは国の用なり。よく行ないよく言うは国の宝なり」。

 つまり有言実行は国の宝だが、不言実行は国にとっては必要、口先だけで実行しない有言不実行は国の師だという。有言不実行が何で国の師(先生)か疑問に思ったので僧侶に聞いてみた。

 僧侶によると、基本は有言実行で、これは宝だ。しかし、年をとったりして審美眼はあるが、体が動かない人もいる。実行は出来ないが、人を指導出来る人がいる。そう言う人は国の先生なのだ。一番ダメなのは、不言不実行でこれは国賊だという。

 宗教は、良い教えを持っている(例外もあるが)。お盆などにお参りしてもらった住職が、皆の前で話をされるが、良い教えもある。今世の中が乱れているが、こういった教えを受ける機会がほとんどなくなったせいでもある。

 私達が負託した国会議員・地方議員が、物見遊山で高い税金を使って海外研修とやらをやって、メデイアから批判されているが、比叡山で研修すれば国のために格段に役立つ。伝教大師の聖句には「悪事を己に向へ好事を他に与え、己を忘れて他を利するは慈悲の極まりなり」とも説いている。「自分が、自分が」の今の国会議員の姿勢では「国民のため」の政治は期待できない。

 まず政治から改革していく必要があり、次ぎの総選挙に向け実行すべきである。

 民主党の政策集が公開された。まだ読んでいないが、各党のマニフェストも出そろうだろう。次の4年間の政治を託する議員を選び、投票所に必ず行き、意思表示すべきである。
マニフェストも候補者も、支持を受けたいために大風呂敷を広げやすい。今までは、有言不実行が多かったが、今回は変わってきた。

 有権者としては、不言不実行の無党派層が一番まずい。私もどちらかというと、無党派層の一人であるが、今回も必ず意思表示しようと思っている。

 ところで、今私達国民を導く有言不実行の国の師がいなくなったのはどうしてだろう。以前は財界、言論界にも著名な発言者が多かった。有言実行の先達達だ。しかし、今はメデイアにしょっちゅう顔を出すコメンテーター、実業家、ジャーナリスト、大学教授など小粒になった。大げさではあるが、社会混乱の原因かも知れない。

実行

 

2009年7月24日金曜日

ETCレーン:「ETCバーは遅れて開きます」とは?


この7月の連休に、高速道路を使って岡山、京都に行って来た。上信越道「妙義・松井田」ICから入り、長野道、中央道、名神高速から中国道、山陽道を岡山ICで降りた。約670km、通常料金では約13500円であるが、土・日・休日とあって2600円と安い。渋滞も一宮付近で20km、京都―宝塚付近で40km、その他事故もあって70kmの渋滞でこんなもんだろう。

 しかし、帰りに山陽道、名神で気がついたのだが、高架橋などに「7/13からETCバーが遅れて開きます」という横断幕が目についた。車内で家族と「どういう意味だろう」、「車が通過した後に、バーが開くと言うことか」など、「チョット表現が変ね」ということになった。

 確かにETC走行にはなれているとはいえ、あのバーの開閉の遅いのにはいつも不安になる。ETCに近づくときは、カードがきちんと挿入されているか確認することにしている。20kmまで速度を落として接近するが、それでもバーはなかなか開かない感じがする。

 速い速度で侵入し、バーに接触したり、破損事故になったり、中には重大な事故に繋がるケースの多くいろいろ対策を検討されているようだ。

 しかし、この「ETCは遅れて開きます」の表現はおかしい。「ETCは遅く開きます」と言うべきだろう。

 どういう意味か分からなかったので、NEXCO西日本のHPで調べてみた。

 今までは、車を検知して、0.5秒以内に開閉バーが開いていたが、これを1~1.5秒後に遅らせたと言うことだ。

 早く開いた方が安全と思うのだが、この開閉バーのタイミングを遅らせることにより、今までより車の速度が速く感じられ、ドライバーがスピードを落とす行動になっているというのだ(NEXCO西日本 「ETCレーンの通過速度抑制対策を全面展開します」より)。

 検知器と開閉バーの距離は11.9m以上という。20kmの速度で侵入し、0.5秒で開くとすればバーの手前約9mで開くことになる。1秒だと約6m、1.5秒だと約4mだ。
 
 表現としては「ETCはバーの手前4mで開きます」と言うことになる。約4mという距離を入れることにより「そこまで接近しないと開かないのか」と注意を喚起することにならないか。

 たった12m×5mほどの狭い空間での事故防止だ。スピードを落とすしかない。20kmの速度は、いつでも止まれる速度だ。

 運転しながら気になっていたが、これで分かった。でも民主党が政権を執ると、首都高など一部を除いて無料化されるという。それまでは注意してETCレーンを使うことにしよう。

2009年7月22日水曜日

麻生さん 今回の反省と謝罪の上で、自らどう変わろうとしているのか


麻生さんは「私の不用意な発言で国民に不信を与え、政治に対する信頼を損ねた」、「自民党内の結束の乱れについて、私が至らなかったから国民に不信感を与えた」と反省し、国民にお詫びした。生まれ変わった気持ちでこの選挙を戦うという。

 そして、「安心社会実現」選挙と銘打った総選挙を主張し、「政党の責任力」を国民に問う事にしたらしい。

 しかし、麻生さんは自分の能力不足で「国民に政治不信を抱かせた」と謝罪したばかりではないか。麻生さんに、今後自民党総裁として続投する能力があるのか。

 官邸での最後の記者会見で、過半数をとれなかった時の責任について聞かれ、「これから一生懸命戦いをしていこうとしているんだ」と気色ばんだが、このままでは自民党は負けることが分かっていると国民のほとんどは思っているのだ。

 総選挙に向け自民党もマニフェストの作成を急いでいると言うが、政権担当能力として「政党の責任力」を問うらしい。今までは、政権未経験の民主党の政権担当能力への不安を国民に訴えていたが、50年余りの長期政権にある自民党にあって、麻生政権の政権担当能力はどうだったのか。

 弱小派閥の領袖である麻生さんに総裁として自民党をまとめる力には疑問がある。緊急経済対策として繰り出した本予算、補正予算共に、国民の信頼は乏しかった経緯もある。

 麻生さんは、これらの国民の不安を払拭するために、自分はどう変わろうとしているのか。ここが大切なのだ。党役員や閣僚を替えてみたって、トップに魅力がなければ、国民の信頼など得られるモノではない。

 一度国民に訴えて欲しい。そして鳩山民主党と比較したい。

旅籠「寺田屋」は、今日も史跡で営業中







2008年9月頃だったと思う「寺田屋騒動」、「坂本龍馬襲撃事件」の舞台がレプリカではないかという疑いが持ち上がった。その後、京都市の調査で、当時の寺田屋の建物は1868年の鳥羽・伏見の戦いで焼失したと判断した。
 
 そして、老経営者が「旅館」を廃業するというニュースも流れていたので、京都に寄った帰途、今どうなっているか寺田屋に行ってみようということになった。

 史跡寺田屋は、休日のせいもあってか、今も若者から高齢者まで年代を問わず、見学者で賑わっている。

 この寺田屋は、京橋を発着する淀川の船便の船宿として栄え、寺田屋事件のころは、薩摩藩士の船宿として、また倒幕派の定宿として使われていたそうだ。

 1862年、尊皇攘夷派(急進派)の薩摩藩士有馬新七らが、関白九条尚忠、所司代酒井忠義を殺害しようと、ここ寺田屋に集まったが、一方で薩摩藩には島津久光を中心に公武合体の温和派がおり、この殺害を阻止しようと藩士8人を寺田屋に送り込んで説得したがかなわず、乱闘になり急進は9人を殺傷するという寺田屋騒動の舞台となった。

 また、1866年には、定宿としていた坂本龍馬が暗殺されそうになり、風呂に入っていたお龍が、裸で階段の駆け上り急を知らせたという坂本竜馬暗殺事件の舞台にもなった。

 「寺田屋 坂本竜馬」の表札には、何やら営業臭さを感じる。400円で参観した。今も旅館をやっているらしく、6500円の宿泊料が表示されている。

 狭い部屋に、土産物がこれでもかこれでもかと並べられ、古文や漢文の資料が多く展示されているが、解説もなく内容が分からない。その真贋まで疑われる。

 営業魂旺盛な陳列であるが、一つだけ良心を示す資料が展示されていた。

 「幕末の寺田屋 焼失確認」の新聞記事だ。それによると、京都市は古文書などの資料を調査し、鳥羽伏見の戦いで焼失したことを確認、今の建物はその後再建されたものと判断した。京都市はそれに基づき、誤解を与えないように展示の改善を要望している。これに対して寺田屋は「あくまで市の見解」とコメント。

 しかし、この記事に目を向ける見学者は、ほとんどいない。
 2階に上がり、柱の刀痕のあとを見ている見学者に、女性従業員が「当時、刀で斬りつけたときに出来た傷です。皆が指でこするので、こんなになってしまいました」と間違った説明をしていた。本物なら触らせない工夫がされるはずだ。

 竜馬の部屋と言われる部屋もあるが結構狭い。こんな狭い部屋で刀を振りかざして戦えるのかと疑問が出てくる(勿論逃げたのだが)。焼失した建物の部屋もこんなに狭かったのだろうか。
 
 1階のお龍の入っていた風呂も面白い。「有名なお風呂です」と表示されているが、どうやって湧かしていたのか。ただ風呂桶らしきモノが置かれているだけだ。その当時のまま保存されているのであれば、もっと風呂場らしくなっているはずだ。

 有名作家の小説に合わせたPRならまだしも、「寺田屋騒動」「坂本竜馬襲撃事件」という歴史に基づく観光スポットを売りにするのであれば、このやり方はまずい。娘に「これはすべてレプリカなのだ」というと、「お父さん 大きい声で言うんじゃない」と顔をしかめた。

 民間業者の経営のことを考えれば、本物らしく見せるのが良いのだろうが、「その当時の建物ではない」と目に見えるところに表示すべきである。京都市が要望する誤解を招かない改善が要求される。

2009年7月21日火曜日

雪崩的「政権交代」は危険だ




 麻生さんの意地で、自分の手で解散できた。あの「逃げ」騒動からマタマタ土壇場で非公開から公開へと代わり、「麻生さんの一存」だと強調する事に、何か別の思惑もありそうだ。
 麻生さんは懇談会で、お詫びとして発言がブレ、国民に不信を与え、党の支持が低下したことを反省、また地方選では多くの人に迷惑をかけた。多くの民意、批判をしっかり受け止め、出直さなければならないと総括し、「日本を守る」「国民の生活を守る」ため、自民党政権の底力を発揮し、この難しい局面を戦い抜くため、ご理解、ご協力をお願いすると決意表明をした。

 更に、開かれた形で一致結束ができあがった。私の願いが叶うよう力添えをお願いするという。「開かれた形」を作るためにも、今回の懇談会を公開にしたのだろう。

 この自民党の懇談会で反麻生と言われた人達が、どう行動するのか注目したが、ダンマリを決め込み、あの「てんやわんや」は何だったのか、メデイアを通じて国民はもてあそばされた感がする。恐らく、選挙での公認などでの締め付けがあったのだろう。「開かれた党」としては、ほど遠い感もする。

 今のメデイアの煽る異常なほどの「民主党」への期待感は、不安も抱えながらも「政権交代」への道筋を付けているように思われる。

 しかし、雪崩的な政権交代は危険だ。

 自民党は党内で雪崩的に人気者を総理に担ぎ失敗してきた。ところが、今度は政党が代わり、政治方式が変わろうとしている「選択選挙」なのだ。風潮に押されて、なだれ込んではいけない。

 民主党への危惧は多々ある。政権担当能力への不安は当然あるとしても、権力を手に入れれば今度は民主党内での足の引っ張り合いである。それでは政治は混乱する。場合によっては、政界が落ち着くまでに、何回かの選挙を経なければならないかも知れない。

 選挙まで、40日という長い期間、どんことがあるか分からない。民主党は「政治と金」の大きな問題をかかえている。小沢さん、鳩山さんがダメなら、岡田さんが居る。政権担当能力が未知数なのは間違いないが、麻生さんに比べれば、「まだマシ」かも知れない。

 今後は、各党のマニフェストを良く読み、「国民の生活を守る」のは、どの政党かを考える時間は十分にある。恐らくメデイアもマニフェストでの違いを論ずるだろう。

 「政権交代」はやってみる必要はあるが、民主党が241議席の過半数を大きく超える雪崩的な交代は避けるべきである。

それでも勝てると思っている麻生さんの不思議


麻生さんの最後まで「逃げ」と「意地」で、解散・総選挙が決まった。今の自民党の「てんやわんや」には、程々飽きた。
 こんな無様な国民に晒すと支持率が落ちるのは当然で、最近の朝日新聞の世論調査でも、自民党支持率20%、内閣支持率17%と下落を続けている。

麻生さんの「解散は自分の手で」という気持ちは分かるが、そのためには、十分な指導力を発揮してもらいたいモノだ。

 今回の自民党両院議員総会が、麻生さんの「嫌だ」で懇談会になり、しかも非公開と来たから誰が見ても麻生さんの「逃げ」の姿勢がありありだ。

 全国紙には、なかなかすっきりした論調の記事がないが、たまたま岡山で山陽新聞の社説で「麻生首相の指導力どこへ」という記事が目についた。内容は下記の通りだ。
 「党のリーダーとしての指導力が感じられない。本来なら都議選大敗を受けて、要求される前に自ら両院議員総会を開き、考えをしっかり訴えて、衆院選への協力を取り付けるべきだ。足下の党内で信頼が大きく揺らいでいるのに、総選挙で国民に信を問えるのか」
 
 全くその通りだ。官邸の記者会見で、「自民党に任せている。私どもは何も決めていない」「私は決まったことに従っているだけだ」との麻生さんのコメントからは、自分が総理・総裁であることの意識が全くかけている。

 麻生さんは、本当に自分で勝てると思っているのか。

 結果は惨敗であったが、都議選での応援で、多くの人が集まり声をかけられたり、握手を求められると、自分は人気があると誤解するのか。

 グーグルで「○○劇場」を検索し、小泉さん、麻生さん、東国原さんの注目度を調べてみた。小泉劇場は98,000件、東国原劇場は134,000件、麻生劇場は3,080件がヒットしたことからも、麻生さんの注目度は全く低いのだ。

 これまで、麻生さんが総理に居座れた理由は何だったのか。

 要は、麻生さんは国民の「信」を得ていると考えていることだ。昨年9月の就任時は、議員内閣制で国会の指名を受けている。今回の衆議院での内閣不信任案は否決された。官邸の記者会見でも、「信任を受けている」と豪語している。「麻生ではダメだ」と思っている自民党議員でも、野党の挑戦は拒否した格好だが何とも理解できない結果だった。

 麻生さんに勝てるチャンスはあるのか。

 全くないと大方の人は思っている。でも少しでも人気を回復する方法はある。小沢さんや鳩山さんの政治献金疑惑での“敵失”だ。今後40日の間に、この問題がどう進展するのか。小沢さんの政策秘書の公判開始の時期も重要になってくる。

 今回の都議選での民主党の勝ちすぎから、「振れ戻り」も期待されているようだが、今回はないだろう。

今、国民は「CHANGE」を期待しているのだ。小沢さんや鳩山さんがダメなら、岡田さんが居る。

 21日午前の自民党懇談会は、非公開から公開にするというニュースも流れたが、自民党は根本的に対応を誤った。

 自民党は潔く、下野すべきだ。

2009年7月17日金曜日

不可解で情けない自民党の騒動の元凶は、麻生さんの「逃げ」

133人もの署名者が集まったとして、両院議員総会を要求したはずが、署名者が辞退する事態に発展し、128人に足らず両院懇談会に決まったという。

 誰が考えても、一連の地方選の連敗の総括なくして、総選挙突入はあり得ないと思うのであるが、現在の自民党では話が違う。

 大惨敗の総括をして、次の総選挙に臨む必要があるとする議員と、麻生さんでは総選挙は戦えないとし、惨敗の責任をとって麻生さんの退任を願う議員と署名者の思惑が違うようだ。

 しかし、総括をすると言うことは、負けの原因、その責任を追求することであるし、行き着くところは執行部や麻生さんの退任ということになりかねないのは当然だ。それが怖くて署名書に難癖を付け、懇談会に形を変えた「ガス抜き」では、「何を考えているのだ」と不信に思う。

 この両院議員総会の可能性について官邸で記者に聞かれたとき、麻生さんは「そう言う場が出来れば、私も参加して意見を聞くし、私の意見も言いたい。私は逃げも隠れもしません」と言った場面がニュースで何度も流されている。

 このニュースをメデイアが正しく報道しているとは思えない。何のコメントも付けずに、ただ垂れ流すだけだ。記者はどうしてもう一歩突っ込んで「麻生さんは、自民党の総裁ではないですか。何故、両院議員総会を開催しようと指示しないのか」と質問できないのか。

 あるワイドショウ番組で、コメンテーターが「既に両院議員総会の開催はないとの感触の元での発言なのだ」と言っていたのが本音らしい。

 「逃げも隠れもしない」という麻生さん発言は表向きで、実際には「逃げ」を打っているための結果が、この自民党の不可解で、情けない騒動になっている。

 やっぱり麻生さんには、リーダーシップは期待できないのだ。

 何の結果も期待できない懇談会であろうが、総括は総括として、責任も明らかにすべきである。このままダラダラと総選挙に入っては、自民党の完敗は目に見えている。雪崩的に「政権交代」が発生しては、民主党にも良くない。それは今までの自民党の総裁選びでよく分かる。堰を切ったように支持を集めた総裁候補が、皆不適であった。
 民主党には、もっともっと苦労して政権を執って欲しいのだ。そのためには今、自民党ががんばらなくてはいけない。少しでも、国民の理解を増すように。

麻生さんガ逃げているから、混沌とする自民両院議員総会


自民党の両院議員総会開催要求が、もめにもめ形を変えての実施が模索されている。

 今回の地方選の連敗の総括は、自民党として必ず総選挙前にやらなければならないと思うが、開催要望書が出されると、擦った揉んだで大揺れだ。

 署名した議員も、「麻生降ろし」が目的での開催であれば、当初の意図と違うと署名を取り消せと要求しだした。ベテラン議員への締め付けが合ったのだろう。

 選挙敗北の総括をするのであれば、敗北の原因、その責任そして必要であれば麻生退陣、執行部退陣の話になるのは当たり前のことだ。最初からそうなることを前提に議論していては、話にならない。

 麻生さんは、官邸での記者会見で、「自分も参加して話を聞くし、意見も言う。逃げも隠れもしない」と言及しているのであれば、麻生さんが、両院議員総会を開こうと言えば良いのではないか。細田さんに任したと逃げているから、混沌としてくる。

 これこそリーダーシップなのだ。

 身内のこんな事にも指導力に欠けるのであれば、麻生さんに総理としての資格はない。即刻退陣すべきである。

2009年7月16日木曜日

1年半前に比べて時価総額は110兆円減




3ヶ月ぶりに東京証券取引所へ行く途中に、東京八重洲のみずほ銀行(旧新光証券)で株価を見てきた。
 昨日のNY株が+256.72ドルで8616.21ドルと続伸したために、東京市場も+208.95円の9478.20円を付けていた。11時現在少し下げた。

 昨日は、米国の株高と円高に一服感があり、昨日の株価は続伸したが、売りも強く、9269.25円、プラス7.44円で終わった。
 
 10年度には、日本を抜いてGDP第2位になると見られている、中国の4-6月期のGDPが焦点になると言う。その成長率も夜のニュースで、GDP成長率も前年同月比7.9%になった。世界経済が苦しんでいるときに、驚くほどの成長率だ。これも日本円にして56兆円にも上る強引な景気対策をやった効果だろうが、経済格差は大きく、民族問題も顕著になって不安要素は大きい。

 米国や中国の経済の回復に頼るしかない日本にとっても、大きな関心事である。

 しかし、どうして日本の景気対策の効果が現れないのか。麻生さんは「景気に全力。 新たな経済対策を速やかに」のスローガンを掲げて、経済対策の重要性を訴えているが、今まで打った経済対策の効果が出るには時間がかかるとの指摘は本当らしい。

 政府は経済動向を「底打ち」と言っているが、実生活では実感できず、大方は選挙対策なのだろう。それとも国会議員、経済官僚などに実生活の体験が乏しいのだろうか。

 それにしても株の下落は大きい。
 1年半前の2008.1.22には、平均株価は12,738円31銭で、これでも-587.63円なのだ。時価総額は1731社で399.75兆円。

 今日、2009.7.16では、平均株価午前9464.77円、時価総額は1701社で289.75兆円。

 1年半で時価総額は、110兆円減ったことになる。

 クルーグマン教授は、株価はいろんな要素で変動する。投資家の心理を読むには、長期国債金利を見た方が良いという。

 その長期国債金利も、2006年には最高で1.8%あったが、今は1.335%。先日は1.3%を切っていた。これも長期のトレンドを見ると下落している。

 5年ぐらいは、耐えないといけないのか。

2009年7月15日水曜日

政策を訴える議員、開かれた政党に国政を委ねよう







自民党が大揺れだ。麻生さんは、もう途中で政権を放り出すことはできない。自分が選挙に打って出ることで責任を果たしたい気持ちのようだ。1年前の麻生政権誕生の事を考えればそうかも知れない。
 しかし麻生さんもついていなかった。世界的な金融危機での景気対策に追われたことと、自分の思うように行かず遅れに遅れた解散・総選挙は公約違反と批判された。
 更に、総理としての資質を問われるに至っては、自業自得だ。

 「麻生封じ」の奇策に出た「解散宣言」を受けた自民党は、「何のための解散なのか」、「都議選をはじめとする地方選での惨敗の総括はどうなっているのだ」、「現執行部の責任は」等の意見が続出するのは当たり前だ。背後には「麻生さんでは選挙に勝てない」という危機感がにじむ。議員にとっては死活問題だ。

 自民党総務会で、麻生さんは「全員が一丸とならなければ、選挙には勝てない」と訴えたが、人気のない、資質に欠ける麻生さんでは、もう自民党は纏まらないところまで来ている。

 この緊急時に、二進も三進もいかなくなりそうな自民党に、国政を委ねる事など出来ないと見た有権者の判断は正しい。

 少しでも有権者の理解を得ようと思うのであれば、両院議員総会でも開いて、地方選敗戦の総括、自民党執行部の責任、麻生さんも言っているが自ら反省しなければならないことなど議員間で十分に議論し、国民に説明すべきである。

 「開かれた自民党」を国民の目の当たりにすべきである。

 一方で、大勝利のはずの民主党も浮かれてばかりでは居られない。

 実際に何が出来るか、何が出来ないかをはっきりすべきである。政権交代が身近に迫ってくると、マニフェストも理想から現実に舵を切り始めた。財源確保も慎重になってくる。岡田さんの言う「財源なくして、政策なし」は、小沢代表時代の約束事の修正に繋がっている。

 さらには、小沢さん、鳩山さんという、トップにかかっている政治献金問題だ。西松建設違法献金問題、個人献金ならぬ故人献金問題は、誰の金かの違いはあるとしても、政治資金規正法違反であることに間違いない。氷山の一角という見方もあるので、後を絶たないだろう。

 他の議員の不正を見て、自分のことを省みれない議員にも、国政を委ねることはできない。口利きで、票や資金を得ようとする輩も議員としては失格だ。

 政権交代が緊急の課題に上ったとしても、自民党、民主党共に、その議員や党の体質はそれほど変わらない。

 自民党は、その時、その時の政局のキーマンの都合の良い総理・総裁を繰り出し、若くして力のある政治家が育っていない。メデイアでの人気だっていい加減なモノだ。

 民主党は、今のところ若手の政策マンを沢山かかえているように見えるが、いざ政権をとると、権力闘争にはまりこみ、足の引っ張り合いで、政策が混乱する可能性が大きい。

 今度の選挙は、私利私欲のない、「国民のため」の政策を掲げる候補者を選び、国民に開かれた党に国政を委ねるべきだ。

自ら治することの出来ない議員や党に、国政を委ねることは出来ない。






写真:民主党本部 政権交代の可能性が出てきたために、警察の警備も厳しくなってきた。「検問中」の標識が出されている。今までは警備車1台だった。



写真:自民党本部前 党内のゴタゴタ都は関係なく静か 「新型インフルエンザ対策本部」「自民党生活緊急対策本部」の看板が目新しい



写真:土産物に「決戦 太郎241」のまんじゅうが新しく発売になった。総選挙期間限定だ(国会売店にて)

自らを治することのできない議員や党に、政権を委ねることは出来ない







自民党が大揺れだ。麻生さんは、もう途中で政権を放り出すことはできない。自分が選挙に打って出ることで責任を果たしたい気持ちのようだ。1年前の麻生政権誕生の事を考えればそうかも知れない。
 しかし麻生さんもついていなかった。世界的な金融危機での景気対策に追われたことと、自分の思うように行かず遅れに遅れた解散・総選挙は公約違反と批判された。
 更に、総理としての資質を問われるに至っては、自業自得だ。

 「麻生封じ」の奇策に出た「解散宣言」を受けた自民党は、「何のための解散なのか」、「都議選をはじめとする地方選での惨敗の総括はどうなっているのだ」、「現執行部の責任は」等の意見が続出するのは当たり前だ。背後には「麻生さんでは選挙に勝てない」という危機感がにじむ。議員にとっては死活問題だ。

 自民党総務会で、麻生さんは「全員が一丸とならなければ、選挙には勝てない」と訴えたが、人気のない、資質に欠ける麻生さんでは、もう自民党は纏まらないところまで来ている。

 この緊急時に、二進も三進もいかなくなりそうな自民党に、国政を委ねる事など出来ないと見た有権者の判断は正しい。

 少しでも有権者の理解を得ようと思うのであれば、両院議員総会でも開いて、地方選敗戦の総括、自民党執行部の責任、麻生さんも言っているが自ら反省しなければならないことなど議員間で十分に議論し、国民に説明すべきである。

 「開かれた自民党」を国民の目の当たりにすべきである。

 一方で、大勝利のはずの民主党も浮かれてばかりでは居られない。

 実際に何が出来るか、何が出来ないかをはっきりすべきである。政権交代が身近に迫ってくると、マニフェストも理想から現実に舵を切り始めた。財源確保も慎重になってくる。岡田さんの言う「財源なくして、政策なし」は、小沢代表時代の約束事の修正に繋がっている。

 さらには、小沢さん、鳩山さんという、トップにかかっている政治献金問題だ。西松建設違法献金問題、個人献金ならぬ故人献金問題は、誰の金かの違いはあるとしても、政治資金規正法違反であることに間違いない。氷山の一角という見方もあるので、後を絶たないだろう。

 他の議員の不正を見て、自分のことを省みれない議員にも、国政を委ねることはできない。口利きで、票や資金を得ようとする輩も議員としては失格だ。

 政権交代が緊急の課題に上ったとしても、自民党、民主党共に、その議員や党の体質はそれほど変わらない。

 自民党は、その時、その時の政局のキーマンの都合の良い総理・総裁を繰り出し、若くして力のある政治家が育っていない。メデイアでの人気だっていい加減なモノだ。

 民主党は、今のところ若手の政策マンを沢山かかえているように見えるが、いざ政権をとると、権力闘争にはまりこみ、足の引っ張り合いで、政策が混乱する可能性が大きい。

 今度の選挙は、私利私欲のない、「国民のため」の政策を掲げる候補者を選び、国民に開かれた党に国政を委ねるべきだ。
自ら治することの出来ない議員や党に、国政を委ねることは出来ない。






写真は、警備が厳しくなった民主党本部前、党内のゴタゴタがウソのように静かな自民党本部、選挙限定の「太郎241」まんじゅうが土産物に加わった(国会売店にて)

2009年7月13日月曜日

不人気で不入りな「麻生劇場」も終幕へ


昨年9月から始まった麻生さんを座長とする麻生劇場も、意外にも座長としての資質の問題が発生し、不人気で不入りが続き、座長を替えようとする動きが強まった。しかし、麻生座長は先制攻撃(来週解散、8月30日投票)で「座長降ろし」の封じ込めに向かった。

 都議選の歴史的大惨敗を受け手の、決断だったが、次の興業(自民党政権の継続)を打てるかどうかは分からない。

 確かに、麻生座長の出し物は難題に次ぐ、難題であることは皆も認めるところである。

 100年に一度と言われる世界的な経済危機に対する景気対策、台本を書き加え(矢継ぎ早の本予算/補正予算案)を出すが、その効果は分からない。自民党の長年の出し物である「構造改革」も大幅な変更を余儀なくされた。

 内容もどたばたした。巷間言われているのが漢字の読み間違い、政策のブレ、要所要所での判断ミス、官僚主導政治への追随など挙げればきりがなかろう。やることが皆しじりつを落とす結果になった。

 麻生さんは、座長の座を手放したくないのは当然としても、自ら解散に打って出ることでそれなりのプライドを保ったことになるだろうが、自民党という政党の不甲斐ない現状を国民にさらけ出した失点は大きい。

 総選挙に持っていっても、麻生座長の支持は得られず、座長の座から降りる事は避けられず、麻生劇場は終幕を迎える。

 次は主催者を民主党に替えての興業になるが、故人献金など政治資金規正法での爆弾を抱えており、国民の想定外の鳩山劇場が始まるかも知れない。小沢さんの場合は、他人から集めた金であるが、鳩山さんの場合は、自分のお金であり本質的に違うという。自民党が厳しく突いてくると、政権放り出しのハプニングも考えられる。

 兎に角、麻生自民党の人気のない政治に辟易していたので、皆「CHANGE」を望んでいる。民主党への交代で期待は出てくるが、どんな事が出てくるか「一寸先は闇」が政界なのだ。

 今度の総選挙は政党は別にして、「国民のため」の政策を掲げ働く候補者をしっかり選別していかなければならない。

「政権交代」に踊らされた都議選、でもこれが民意だ


自民党は「国政は国政、地方は地方」と惨敗の予防線を張っていたが、自民党首脳のショックは隠せない。「これ程まで」とは思ってもいなかっただろう。
 街頭演説を聴いても、「政権交代」が声高かに叫ばれ、有権者も「この辺で替えてみようか」との風になったのは確かだ。

 来年は東京都民になろうとしている私にとって、今回の都議選では、新銀行東京、築地移転、東京オリンピック、医療問題、特老、待機児童問題などがどうなるのか関心があったが、ほとんど聞かれず、メデイアでも大きくは触れていなかった。

 「自民党に明日を託して」、「「綺麗に書かれた民主党のマニフェストは偽物」と訴えたが、千代田区は若者の栗下さんが9872票を獲得し、2位のベテラン現職の自民党議員に176票差で当選した。本当に新風が吹いたことになる。内田さんは「申し訳ないことをした」と支持者に頭を下げた。

 東京ばかりではない。奈良でも市長選で33歳新人の仲川さんが、自公候補を破って当選した。

 もう民意は「CHANGE」なのだ。今まで現職議員が実績を訴えても、有権者は現状を変えたいのだ。

 国政、特に自民党は、「麻生さんにその責がある」と言わんばかりの行動が起こっているが、それは間違いだ。勿論麻生さんにも責任の一端はあるだろうが、自民党―霞ヶ関の官僚主導政治に「NO」を突きつけているのだ。

 麻生さんが解散に打って出る力がまだあるかどうかは分からないが、自民党は麻生さんで総選挙を戦い、下野し、ニュー自民党への衣替えに専念した方がよいのではないか。下野すれば、官僚に惑わされない、本当の国民の民意に接することが出来る。

 4年後に、ニュー自民党で国民に信を問うて欲しい。

パソコン寿命:部品保有期間を6年から10年に


ペンタブレット機能を搭載した東芝のノートパソコンを愛用している。ところが,もうメーカーのサポートセンターでは相談や修理が出来ないという事態になった。

 今まで、故障としては、キーを推すと異常音と共に、同じ文字が数行にわたり打ち込まれるトラブルが2件、ファンクションキーの以上で文字入力がアロー状態になったり、数字ロック状態になるトラブルが1件発生した。

 キーボードの異常により発生した文字入力の暴走に付いては、1件目は電話相談では解決出来ずメーカーの無償修理に出した。2件目は異常発生と同時に、何回も強制的に電源を切ったり、バッテリーパックを外したりするうちに、異常状態も少しづつ緩和し、しばらくすると正常に戻った。その後、同じ現象は出ていない。

 そしてファンクションキー、バックスペースキー、エフエヌキーの異常が発生した。

 メーカーのサポートセンターに電話して対応するが、LEDが点灯/点滅したままで、ファンクションキーを押してF10、F11キーを押しても解除されず、担当者も「こんな経験はない」という。

 しばらく待てと言って、どこかの部門に相談したのだろう。「お客様のパソコンは、もう6年半過ぎており、メーカーで引き取っても修理できません」という。部品保有期間の6年半を過ぎており、対応できないと言う。「では、どうすれば良いんだ。破棄することになるのか」と聞くと、パソコンの修理屋に相談してみてはどうかと言って切れた。

 ここで初めて知った。製造打ち切りから6年間が補修用部品の保有期間になっている。それを過ぎれば責任はないのだが、ソニーなどは、故障箇所によっては修理可能であると取扱説明書には帰している。

 仕方ないので、自分でやってみることにした。データは一応バックアップし、前回のやったように、何回も強制的に電源を切ったり、バッテリーパックを取り外してみたが、一向に埒があかない。

 最後に、バッテリーパックを取り外し、キーボードブレスを外し、キーボードを外した。ホコリの影響もあるのではと考え、キーパッドも掃除し、全体に掃除機をかけた。

 掃除も終わって、恐る恐る電源をONにしてみると、LEDの異常点滅も無くなり、FnキーでのF10,F11キーの操作も正常にできる。一応まだ使えそうだし、中を開いてみると何だか愛着が湧いてきた。 「原因はホコリだったのか」と安易にはkんが得られない心境だ。

 自分のパソコンの履歴を調べたら、製造して7年経っている。私が勝ったのが5年前だから、販売店で2年間在庫になっていたのだ(ペンタブレット機能を持っているので、チョット特殊か)。取扱説明書のアフターケアに、製品発表月から6年6ヶ月が保守部品の最低保有期間になっていると帰してある。

 パソコンの製品カタログにも、非常に小さい字で「保有期間は製造終了後6年」になっている。

 何が問題なのか。パソコンのパーツの中で、比較的寿命が早いのは、HDDで平均寿命は5年と言われている。使用条件などもあるが、1日8時間使用で5年と言うことらしい。
そこから、部品保有期間を6年としたのもうなずける。

 省エネなどを考えると、使わないときはOFFにすることを励行すれば、10年ぐらいは使えそうだ。今、5~6万円の安価なパソコンも出ているが、チョットした機能のモノを買えば30万円はする。「6年でサポートは出来ない」なんておかしい。

 パソコンの普及率は全世帯では0.75台/人に達し、パソコンの出荷台数も、2006年1208万台、2007年930万台、2008年879万台と減ってきている。何時までもそんなに売れるとは考えにくい。

 省資源など環境問題を考えると、メーカーの部品保有期間も10年にし、安心して使いこなせる体制をメーカーは考えるべきではないか。

2009年7月12日日曜日

麻生さんに「解散する力があるか」、「周りが許すか」、今政治が面白い

相撲では、技をかけている力士に対して、土俵にまだ余地が残っていることを知らせるかけ声であるが、麻生さんは野党から、「いつ解散するのか」、「麻生降ろし」などで土俵際に寄せられてはいるが、「内閣不信任決議案」などの技は、まだかけられていない。
 
サミットへ出かけるときの笑顔に比べて、帰ってきたときの渋い顔は、外交の場でも人気のない、落ち目の麻生さんを公式に相手にする国などないことを実感してのことだろう。

海外に日本の恥を晒したことになる。国益など勿論ない。

「解散は私が決める」と総理の専権事項であることを強調するが、自民党内は麻生さんに任せようとは思ってもいない。若手やメデイアに露出の多い議員は、解散を口にするが、古参議員や落選の可能性のある議員は解散を拒否している。

解散権をもてあそんではいけないし、麻生さんには「解散権」を行使する力は持っていないと思う。伝家の宝刀を湯いたところで、麻生政権、自民党が勝てる可能性はないからだ。

しかし、「解散する」か「解散させられるか」の鬩ぎ合いになる。出来れば国家公務員法改正案、労働者派遣法改正案など重要法案審議での解散権の行使であって欲しいが、それもままならず、あるとすれば「解散させられる」事になるだろう。
麻生さんに「解散する力があるか」、「周りが許すか」。今政治が面白い。

2009年7月11日土曜日

こんな日本でも「まだマシ」なのか


一時だろうが、円高傾向が止まらない。東京外国為替市場は92円台までなり、米国でも「底打ち期待」が後退したこともあって91円台に急伸したという。

 この厳しい経済危機にあって、日本が新産業育成で評価され円高が進み、内需拡大が続いているなら問題ないが、今の状況は米国の先行き不安、雇用統計の悪化などから他の通貨に比べれば「まだマシ」感から、この傾向が出てきているらしい。

 これでは堪ったものではない。未だ輸出依存の強い我が国の輸出産業の株価は下がる。続落で9、300円台を割ってしまった。リーマンショックの昨年9月15日に12、000万円台だったモノが、今年の3月10日には7、054円に。この時、危険水域の7,000円台を割るのではないかと思い、東京証券取引所に取材に行ったが、年金基金が買い支えて逆に8000円台へと値上がりしていった。

 その間、一部経済指標の好転兆しもあってか、内閣府は「景気の現状は厳しいながらも、下げ止まり」感があると公表、6月12日には10,135円にもなった。どう見ても選挙対策でのコメントしか言いようがなく、米経済の期待後退での株安、円高に振り回される経済状況が続いている。

 日本の政治・経済を考えると、本当に「まだマシ」なのかと疑問が出てくる。逆に、それほど米国をはじめ世界の経済は厳しいことに変わりないのだ。

 今から思えば、何故ブッシュ政権は、リーマン・ブラザーズの破綻を決定したのか。あの時救済していれば、これ程酷くはならなかったと思えるが、如何にせん、経済は過去に戻って実験するわけに行かない。

 当時、与謝野金融相は「ハチに刺された程度だ」とコメントしていたことを考えると、政府は「アメリカの問題」と高をくくっていたことは分かる。しかし、経済学者、エコノミストの間では「実体経済への影響が心配」と警告していたことを考えると、政府の判断ミスだ。早急な経済対策が必要であったが、その発動がおくれたことになる。

影響は大したことはないと見られていた日本が、開けてみれば一番影響している事は、IMFの09年度世界経済見通しで、世界経済全体でー1.4%、先進国―3.8%、米国―2.6%、日本はー6.0%と断トツに悪いことからも分かる(10年度の見通しは、先進国0.6%、米国0.8%、日本1.7%だ)。

 失業率は、米国は9%程に達した。日本は4~5%だから、まだ日本の方がマシなのか。自動車産業をはじめ、業界によっては生産が回復しているようだ。プリウス、インサイトなどエコ・カーの増産、太陽光発電関係など日本が比較優位の立場にある産業が期待されるが、米国は、グリーン・ニューデイールはじめ、新しく「ヘルスケア」分野を伸ばすらしい。しかし、自動車産業は衰退していく産業と見られている。

 この未曾有の経済危機を乗り切るには、「大きな財政出動が必要だ」と米国の著名な経済学者は提案する。しかし、我が国の債務残高は約820兆円で、対GDP約170%に当たり先進国一の借金国である(米国は確か76%程度)。財政出動も赤字国債のことを考えると、躊躇するが、米国からは「効果を出すには、少ない」と見られている。

 また、我が国は、「小泉構造改革」の呪縛から脱することが出来ない。今まで「小さな政府」を目指しながら、緊急事態に直面して「大きな政府」に舵取りしなければならなくなったが、構造改革推進派からは非難されている。米国大統領のオバマさんは「小さい政府か大きい政府かは問題ない」と言ってのけた。

 デフレからの脱却も大きな課題だ。小泉政権下でも、「何時、脱デフレか」が話題になったように覚えている。デフレから脱却することは大きな政策なのだ。しかし、異天田解決していない。

 米国では、インフレ・ターゲットが政策課題になり、今は暗黙の2%が設定されているというが、これでも低く4%は欲しいと見られている。
 我が国は、米国から4%のサジェッションがあったが、速水日銀総裁の時に一笑に付したという。確かにインフレ・ターゲットの信頼性はないが、米国では進められている。

 一方で、政治も「失われた数年が続いている」。一時、経済一流、政治三流とまで言われたが、政治も経済も三流になった。

 昨年のノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン教授は「よき道徳は、よき経済学である」といい、「今、最も弱い人を助けることは、需要を維持するためにいいこと」と言う。失業者に失業手当を強化して、出来るだけ弱い人を助け、個人的は危機を乗り越えさせることだという。

 日本でも「道徳を忘れた経済は罪悪」と教えた人がいる。あの二宮金次郎だ。今回の金融危機に直面し、この教えは骨身に染みる。市場原理主義を信じすぎて、規制緩和に走った反省だ。そもそも規制は、国民の財産、身体、安全への危険を防止するために作られたモノであり、それを解除することは危険が再度現れることなのだ(ただし、ある特定の団体が利するような規制もあるので、これは排除しなければならない)。

 景一時だろうが、円高傾向が止まらない。東京外国為替市場は92円台までなり、米国でも「底打ち期待」が後退したこともあって91円台に急伸したという。

 この厳しい経済危機にあって、日本が新産業育成で評価され円高が進み、内需拡大が続いているなら問題ないが、今の状況は米国の先行き不安、雇用統計の悪化などから他の通貨に比べれば「まだマシ」感から、この傾向が出てきているらしい。

 これでは堪ったものではない。未だ輸出依存の強い我が国の輸出産業の株価は下がる。続落で9、300円台を割ってしまった。リーマンショックの昨年9月15日に12、000万円台だったモノが、今年の3月10日には7、054円に。この時、危険水域の7,000円台を割るのではないかと思い、東京証券取引所に取材に行ったが、年金基金が買い支えて逆に8000円台へと値上がりしていった。

 その間、一部経済指標の好転兆しもあってか、内閣府は「景気の現状は厳しいながらも、下げ止まり」感があると公表、6月12日には10,135円にもなった。どう見ても選挙対策でのコメントしか言いようがなく、米経済の期待後退での株安、円高に振り回される経済状況が続いている。

 日本の政治・経済を考えると、本当に「まだマシ」なのかと疑問が出てくる。逆に、それほど米国をはじめ世界の経済は厳しいことに変わりないのだ。

 今から思えば、何故ブッシュ政権は、リーマン・ブラザーズの破綻を決定したのか。あの時救済していれば、これ程酷くはならなかったと思えるが、如何にせん、経済は過去に戻って実験するわけに行かない。

 当時、与謝野金融相は「ハチに刺された程度だ」とコメントしていたことを考えると、政府は「アメリカの問題」と高をくくっていたことは分かる。しかし、経済学者、エコノミストの間では「実体経済への影響が心配」と警告していたことを考えると、政府の判断ミスだ。早急な経済対策が必要であったが、その発動がおくれたことになる。

影響は大したことはないと見られていた日本が、開けてみれば一番影響している事は、IMFの09年度世界経済見通しで、世界経済全体でー1.4%、先進国―3.8%、米国―2.6%、日本はー6.0%と断トツに悪いことからも分かる(10年度の見通しは、先進国0.6%、米国0.8%、日本1.7%だ)。

 失業率は、米国は9%程に達した。日本は4~5%だから、まだ日本の方がマシなのか。自動車産業をはじめ、業界によっては生産が回復しているようだ。プリウス、インサイトなどエコ・カーの増産、太陽光発電関係など日本が比較優位の立場にある産業が期待されるが、米国は、グリーン・ニューデイールはじめ、新しく「ヘルスケア」分野を伸ばすらしい。しかし、自動車産業は衰退していく産業と見られている。

 この未曾有の経済危機を乗り切るには、「大きな財政出動が必要だ」と米国の著名な経済学者は提案する。しかし、我が国の債務残高は約820兆円で、対GDP約170%に当たり先進国一の借金国である(米国は確か76%程度)。財政出動も赤字国債のことを考えると、躊躇するが、米国からは「効果を出すには、少ない」と見られている。

 また、我が国は、「小泉構造改革」の呪縛から脱することが出来ない。今まで「小さな政府」を目指しながら、緊急事態に直面して「大きな政府」に舵取りしなければならなくなったが、構造改革推進派からは非難されている。米国大統領のオバマさんは「小さい政府か大きい政府かは問題ない」と言ってのけた。

 デフレからの脱却も大きな課題だ。小泉政権下でも、「何時、脱デフレか」が話題になったように覚えている。デフレから脱却することは大きな政策なのだ。しかし、異天田解決していない。

 米国では、インフレ・ターゲットが政策課題になり、今は暗黙の2%が設定されているというが、これでも低く4%は欲しいと見られている。
 我が国は、米国から4%のサジェッションがあったが、速水日銀総裁の時に一笑に付したという。確かにインフレ・ターゲットの信頼性はないが、米国では進められている。

 一方で、政治も「失われた数年が続いている」。一時、経済一流、政治三流とまで言われたが、政治も経済も三流になった。

 昨年のノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン教授は「よき道徳は、よき経済学である」といい、「今、最も弱い人を助けることは、需要を維持するためにいいこと」と言う。失業者に失業手当を強化して、出来るだけ弱い人を助け、個人的は危機を乗り越えさせることだという。

 日本でも「道徳を忘れた経済は罪悪」と教えた人がいる。あの二宮金次郎だ。今回の金融危機に直面し、この教えは骨身に染みる。市場原理主義を信じすぎて、規制緩和に走った反省だ。そもそも規制は、国民の財産、身体、安全への危険を防止するために作られたモノであり、それを解除することは危険が再度現れることなのだ(ただし、ある特定の団体が利するような規制もあるので、これは排除しなければならない)。

 景気対策で、大企業などの法人税引き下げ、富裕層の優遇税(証券優遇税制)、そして大銀行の法人税ゼロなど、道徳を忘れた政策だ。所得に応じた負担をするのが、日本社会の伝統であり、企業の社会的責任である。

 そして景気回復のためにも、失業者を守らなければならない。新聞報道では、自動車産業が回復に向かい、期間工の採用を始めたという。あの時、首切りにあった期間工の皆さんは今どうなっているのか。何のセーフテイー・ネットも築かれないうちに、従来通りの採用が始まるのでは、「あれは何だったのか」ということになる。

 輸入された経済学でなく、日本独自の経済学を築づかなければならないと言われて久しいが、二宮金次郎の言うように「道徳・倫理のある経済」を築かなければならない。気対策で、大企業などの法人税引き下げ、富裕層の優遇税(証券優遇税制)、そして大銀行の法人税ゼロなど、道徳を忘れた政策だ。所得に応じた負担をするのが、日本社会の伝統であり、企業の社会的責任である。

 そして景気回復のためにも、失業者を守らなければならない。新聞報道では、自動車産業が回復に向かい、期間工の採用を始めたという。あの時、首切りにあった期間工の皆さんは今どうなっているのか。何のセーフテイー・ネットも築かれないうちに、従来通りの採用が始まるのでは、「あれは何だったのか」ということになる。

 輸入された経済学でなく、日本独自の経済学を築づかなければならないと言われて久しいが、二宮金次郎の言うように「道徳・倫理のある経済」を築かなければならない。

2009年7月10日金曜日

500個の風鈴が、不思議なことに一個の「音に




日蓮宗大本山 池上本門寺に500個の風鈴の音を聞きに行ってきた。

 総門をくぐり、加藤清正が寄進したという此経難持坂(しきょうなんじざか)の石段を登り始めると、「りんりん」という音がかすかに聞こえてきた。
 
 石段を登り切り、仁王門のかけての広場に、500個に上る風鈴がつるされ、折からの強風で「リンリン」という音を奏でている。
「五月蠅いかな」と思っていたが、良く聞くと一個の風鈴の音に聞こえてくるから不思議だ。

 昨年川崎大師の風鈴市に言ったときは、約800種類、約30,000個の風鈴が風に吹かれて鳴っていたが、五月蠅いぐらいだった。

 今日の風鈴の音は、さわやかな感じがする。よく見ると風鈴の材質、大きさが同じなので、沢山鳴っても一つの音に聞こえるのだろう。

 この500個の風鈴を吊すイベントの由来を社務所の人に聞いてみたが、「特にない」と言うことだった。たまたま取材に来ていた地元テレビ局のクルーの取材に応じたついでに、「特にイベントの由来はないらしいですね」と聞くと、昔ある人がコンサートを開いた時に風鈴をつかったが、500個が一番適していたと言うことで、500個の風鈴を吊すことになったと教えてくれた。

 この音を聞いて、風鈴をコンサートに使った音楽家に拍手を送る。

 ところで、たかが風鈴と言っても、由来がある。

調べてみると、中国では物事の吉凶を占う道具として占風鐸というらしい。我が国では寺の四隅にかかっている風鐸がそれで、ガランガランと鳴る音が厄除けとして使われた。平安、鎌倉時代に縁側に下げて疫病神の侵入をのぞいたという(ガラス製になったのは、1700年頃長崎のガラス職人が見せ物として伝えたからだという)。

 条件が合っていれば、500個が奏でても、一個の音に聞こえるのは発見だった。年配の女性がインタビューに「心が洗えます」と答えていた。

この催しは、7月19日まで。JR蒲田駅で東急池上線に乗り換えて、「池上駅」で降りる。

2009年7月9日木曜日

メデイアよ 東国原劇場で何を見せようとしているのか

今、東国原さんの一挙手一投足がメデイアで著重くされている。自民党に「自分を総裁候補に出来るか」と開かれた党にするために一石を投じた。古賀さんをはじめ自民党は右往左往している。
 さらには、自分が自民党から出馬すれば「必ず勝たせる」と言う。自分のメデイアや宮崎での人気を考えての発言だろう。
 勿論、「地方分権」実現の目的もあるだろうが、これは国民の支持を得るための大義名分であって、東国原さんにとっては第二次的なモノだろう。

 メデイアが東国原さんを追っかけ、記事にするたびに、あの小泉劇場の再来、東国原劇場を見せつけようとしているように感じる。
 メデイアは国民に、東国原劇場で何を見せようとしているのか。どんなメッセージを送ろうとしているのか。
○ 東国原さんが自民党から出馬すれば、惨敗の予想を回避することが出来、このまま政権党に居座ることが出来るのか。
○ 東国原さんが、自民党総裁候補にされ、国のリーダーとして期待できるのか。
○ 今、世の中はすべて「CHANGE」希望であるが、東国原さんが国政に出ると、どんなCHANGEが期待できるのか。

 東国原さんが宮崎県知事である以上は、宮崎県民の大きな支持は納得できるが、国政に一歩足を踏み入れるのであれば、話は違ってくる。

 東国原さんの県政での実績はどう評価されているのか。宮崎県民外では、マンゴー、地鶏などの宮崎県産のセールスマンとしての実績しか見えてこない。府予算2兆円の大阪の橋下さんと県予算6000億円の東国原さんを比べても、橋下さんの行政手腕の方が勝っているように思える。

 メデイアは、もっと東国原県政を掘り起こし、検証し、伝えることが出来ないのか。当初は評価できたマニフェストも、すでに80%達成できていると豪語しているが、任期をまだ相当残していて本当なのか。

 今の報道スタイルは、国民に何か誤った情報を植え付けているように思える。ここは、一歩離れて冷静に報道すべきである。結果だけで良いのではないか。メデイアには現れないが、一生懸命がんばっている地方の首長もいるはずだ。

劇場型政治は、もうゴメンなのだ。小泉劇場で骨身に染みた反省をしたのではなかったか。

2009年7月8日水曜日

開かれた自民党:政界での派閥/グループは必要悪では

東国原知事の自民党応援あるいは出馬の条件として「総裁候補に出来るか」で本人と古賀さんの発言が巣こそ違っている。恐らく先の東国原さんの発言が本当なのだろう。
 
自民党には「バカにするな」の声も多いし、世論調査でも「出馬しないほうがよい」が80%以上を占めている。タレント出身の知事の人気に頼って支持を挽回しようとする自民党も情けない政党になったし、東国原さんにも批判が集まる。「どぎゃんなるんだ」と心配になる。

 でも言えることは、東国原さんの言うように「開かれた自民党」なのだ。今の自民党の総裁選を見ると、国会議員の20人以上の推薦が必要なようだが、これはなかなか高いハードルのようだ。派閥単位で立候補、票集めをしなければ不可能だろう。

 野心があり立候補しようにも出来ない人が出てくる事になる。先の自民党総裁選でも、20人が集まらず、断念した人もいることは事実だ。東国原さんが立候補するには20人以上の賛同を得るようにするか、20人の条件を削除し誰でも立候補出来るようにするかだ。

 ところで、政界の派閥/グループは悪なのか。

 国会議員は国民全体の代表者であり、派閥の考えに縛られず、自由な意見発表や投票も大事である。先の臓器移植法改正では自由投票になった。事の重大さから、意見をまとめきれなかったのだろう。

 多数の人が集まれば、考え方、目指す方向を同一視するグループが出来るのは当たり前だ。そして共通する目的に向かい邁進することは何ら悪くはない。国会でも722人が一人一人バラバラではまとまらない。数十人が集まり議論を重ねて方向性をだし、まとめていくことは重要である。

 一時、派閥の弊害をなくそうと派閥の解体を行ったが、メデイアは旧○○派などと記すようになり、いつの間にか派閥が復活した。

 更には、派閥に属することは政治資金の面でもメリットがある。大きい派閥は政治献金も集まるし、モチ代も高い。政治に金がかかる現状では派閥に群がりやすい。

 今、政界再編を睨んだ動きも出ている。キャステイング・ボードを握るために必死であろうが、背後には金がある。

 派閥、グループ化は悪弊も多いが、多数の国会議員がまとまり、方向性を築いていくことは重要なのだが、古参議員や派閥の領袖クラスが料亭でする密室政治ゴメンだ。

 東国原さんは、自民党に一石を投じたが宮崎に残るも茨の道、下野が確実視されている自民党から出馬するのも茨の道。県民、国民はバカではない。東国原劇場には乗らない。

2009年7月7日火曜日

麻生さんに残された道は


今、メデイアや政界を騒がしている「解散・総選挙」について、麻生さんは「しかるべき時期に、私が判断する」と決まり文句で国民にメッセージを送っていましたが、人気回復のために党役員人事や内閣改造も麻生さんの思いと自民党幹部の思いとが合っていません。

 今は、麻生さんは何をやろうとしても、うまく行かないのです。それは党内調整する力が麻生さんにはないからです。いわんや「解散・総選挙」という総理の専権事項である宝刀を抜くことなど出来ません。

 過去に弱小派閥から総理に推された海部さんが、政局運営が自分の思うように行かなかったときに「重大な決意をせざるを得ない」と発言した時に、自民党挙げて「海部降ろし」がおこり、退任の憂き目にあいました。

 今は、皆が解散・総選挙を願っていますが、自民党にとっては負け戦、大惨敗が予想され年配の議員、派閥の領袖たちは自分の落選の可能性もあるために、賛成できないのでしょう。

 もうここまで来れば、後2ヶ月。任期満了での総選挙をやる方が、政局の不安も少なくなります。麻生さんは「任期一杯、解散・総選挙はない」と国民に向かって宣言した方がよいと思う。麻生さんに解散権を行使する力とチャンスはもうないのです。

 次の総選挙では下野し、4年後にニュー自民党で政権へのカムバックを目指したらドウなのか。

 しかし、自民党へのダメージを出来るだけ少なくするために、「国民のため」に政治主導の政策に向けたマニフェストを作成することです。

 選挙があるから増税を控えるのではなく、特別会計を含めた国の予算約210兆円をしっかり見直して、省利省益政策、昔から引きずっている政策を見直すべきです。10~20兆円の捻出が出来るという試案もあります。しっかり見直して欲しい。

 公務員改革の不十分だ。民間に比べてかけ離れた身分の保証など、時代遅れである。労働権を与えて、民間並みの内容にすべきだ。公務員は国民に雇われているのだ。

 国会の改革も必要だ。半減すべきであるし、国会議員の目に余る好待遇もみなおすべきだ。特に「政治と金」の問題が出てくると必ず政党助成金の是非が問題になる。年間約350億円であるが、共産党を除き、政党収入の6~8割を占めているという。政治資金規正法違反の案件が後を絶たないことを考えると廃止し、社会保障費に廻すべきだ。

 国民の生活の安心・安全のためにやるべき事はたくさんあるが、基本は日本経済の姿である。3年後、5年後にどんな経済社会が実現するのか。

 過激になっているデフレ競争、企業は儲けを出せるのか。雇用の確保は出来るのか、そして家計の収入、消費増が期待できるのか。ある家具メーカーの経営者は「儲けようと思うと客は来ないが、損しようと思うと客が来る」という。デフレ脱却は小泉政権の時からの課題である。

 そして、内需拡大だ。輸出が減って景気が悪くなると内需拡大が課題になる。いままで何回もこんな事があったが、そのうちに海外の市場が活況を呈し、輸出が増えて市場が回復し、内需拡大は忘れ去られた。内需拡大には根気よく取り組まなければならないが、成功したためしがない。

 麻生政権、自民党政権の寿命は後2ヶ月だ。明るい日本の経済社会の姿を示して、総選挙に向かったらどうか。今、メデイアや政界を騒がしている「解散・総選挙」について、麻生さんは「しかるべき時期に、私が判断する」と決まり文句で国民にメッセージを送っていましたが、人気回復のために党役員人事や内閣改造も麻生さんの思いと自民党幹部の思いとが合っていません。

 今は、麻生さんは何をやろうとしても、うまく行かないのです。それは党内調整する力が麻生さんにはないからです。いわんや「解散・総選挙」という総理の専権事項である宝刀を抜くことなど出来ません。

 過去に弱小派閥から総理に推された海部さんが、政局運営が自分の思うように行かなかったときに「重大な決意をせざるを得ない」と発言した時に、自民党挙げて「海部降ろし」がおこり、退任の憂き目にあいました。

 今は、皆が解散・総選挙を願っていますが、自民党にとっては負け戦、大惨敗が予想され年配の議員、派閥の領袖たちは自分の落選の可能性もあるために、賛成できないのでしょう。

 もうここまで来れば、後2ヶ月。任期満了での総選挙をやる方が、政局の不安も少なくなります。麻生さんは「任期一杯、解散・総選挙はない」と国民に向かって宣言した方がよいと思う。麻生さんに解散権を行使する力とチャンスはもうないのです。

 次の総選挙では下野し、4年後にニュー自民党で政権へのカムバックを目指したらドウなのか。

 しかし、自民党へのダメージを出来るだけ少なくするために、「国民のため」に政治主導の政策に向けたマニフェストを作成することです。

 選挙があるから増税を控えるのではなく、特別会計を含めた国の予算約210兆円をしっかり見直して、省利省益政策、昔から引きずっている政策を見直すべきです。10~20兆円の捻出が出来るという試案もあります。しっかり見直して欲しい。

 公務員改革の不十分だ。民間に比べてかけ離れた身分の保証など、時代遅れである。労働権を与えて、民間並みの内容にすべきだ。公務員は国民に雇われているのだ。

 国会の改革も必要だ。半減すべきであるし、国会議員の目に余る好待遇もみなおすべきだ。特に「政治と金」の問題が出てくると必ず政党助成金の是非が問題になる。年間約350億円であるが、共産党を除き、政党収入の6~8割を占めているという。政治資金規正法違反の案件が後を絶たないことを考えると廃止し、社会保障費に廻すべきだ。

 国民の生活の安心・安全のためにやるべき事はたくさんあるが、基本は日本経済の姿である。3年後、5年後にどんな経済社会が実現するのか。

 過激になっているデフレ競争、企業は儲けを出せるのか。雇用の確保は出来るのか、そして家計の収入、消費増が期待できるのか。ある家具メーカーの経営者は「儲けようと思うと客は来ないが、損しようと思うと客が来る」という。デフレ脱却は小泉政権の時からの課題である。

 そして、内需拡大だ。輸出が減って景気が悪くなると内需拡大が課題になる。いままで何回もこんな事があったが、そのうちに海外の市場が活況を呈し、輸出が増えて市場が回復し、内需拡大は忘れ去られた。内需拡大には根気よく取り組まなければならないが、成功したためしがない。

 麻生政権、自民党政権の寿命は後2ヶ月だ。明るい日本の経済社会の姿を示して、総選挙に向かったらどうか。

自民党議員よ 駄目な麻生さんに頼っていないか


麻生さんは総理にふさわしくない。内閣支持率は20%前後で、続く都議会議員選でも民主党に入れようとしている人が多い。

 自民党の支持率が上がるのは、麻生さんが「辞める時」でしか無くなった。麻生さんが総理総裁に居座っている以上は、自民党議員は泥船に乗っているのだ。派閥単位や小グループで、何とかしてこの自殺行為から抜け出そうと、もがいているが、今の自民党を引っ張っていこうとするポスト麻生が現れてこない。
 
 このままでは、本当に自民党はダメになる。中には若手でPTを作り、政策の見直しなどを行っている優秀な議員もいるので残念なことである。

 麻生さんが辞めないのであれば、自民党の顔として麻生さんに頼らず、個人個人の政策を各自の有権者に訴えて選挙を戦ったらどうか。

 古参議員や世襲議員、「政治と金」などに問題のある候補者は落ちればいい。ニュー自民党で4年後の政権復帰を狙ったらどうか。その時は、民主党の置かれている立場も今とは違っているだろう。

 麻生自民党がダメなのであれば、自民党マニフェスト(そんなに目新しいモノはないのでは・・)に拘らず、「国民のため」の自分なりの政策を訴えて、生き残りをかけた方が惨敗度が違ってくるような気がする。

 今、TVで「自民党は実行し続ける」とPRしている。国民のほとんどは、「もう辞めてくれ」と言っているのが分からないのだ。

2009年7月6日月曜日

何を「CHANGE」したいのか


5日の静岡県知事選は、民主など推薦の川勝さんが、自公推薦の坂本さんに約1万5000票の差を付けてやっと勝った感じだ。調整に失敗した事もあるが、3位の海野さんの票を加味すると100万票が民主系に回ったことになり、民主圧勝と見える。
 勝因は何か
 地方の経済は疲弊仕切った。「取りあえず替えてみたい」という有権者の声が物語っているようだ。川勝さんは、「新しい風」で閉塞感を吹き飛ばしていくと勝利宣言するが、敗れた坂本さんは県民党で訴えたが、思いが違っていたと敗北宣言をした。
 
 自民党は不人気な「麻生がくし」に出たのか、応援はなかった。
 麻生さんは、今回の静岡地住専、東京都議選を「地方は地方、国政は国政」と敗北の予防線を張っているが、誰が見たって影響があるのは間違いない。こんなコメントは見えすぎていてなんだか白けてくる。
 ここんところは、「影響があるので、がんばっているんです」といった方がすっきりする。
 
 選挙の度に候補者は、CHANGEを訴え、有権者はCHANGEを期待するが、民主党になって何が変わるのか。
 
 民主党のマニフェスト案が発表されているが、今までの主張から国家公務員制度改革、官僚主導から政治主導へ。予算の作り方を根本的に変える。情報公開も期待できる。
消費税増税は、4年間はやらない。ムダの削減、見直しが先決だという。

 一番問題になった、年金問題はどうなるのか。消えた年金が帰ってくるのか。この問題は長年の制度の疲弊にあり、社保庁の仕事のやり方に問題がある。社保庁の不正がもっと明るみになるだけではなかろうか。

 景気対策はどうなるのか。落ち込んでいた経済指標も底打ち感がすると、公式に発表になったが、実感はなく、何やら選挙目当てのコメントに見えてくる。効果のないバラマキ政策で借金を重ねていくことは見直されるだろう。国家予算約210兆円の中から、10~20兆円を捻出すると言うが、岡田さんが言うように「財源なくして政策なし」だ。

 実際に予算編成など、やってみなければ分からない事が多い。その点からも「一度やらしてみる」価値はあるかも知れない。

 国の顔も麻生さんでは不満が募っている。自民党自体も疲弊し、「ポスト麻生」が見えてこない。人材不足に加えて、統治能力も欠けている。一方、民主党には政策マンが多そうに見える。
 
 しかし、民主党にも不安がある。各グループの混成でできあがっており、民主党自身の政策の不一致で党内混乱が国政の混乱を招きかねない。政権をとりたい、国政を牛耳りたい小沢さん一派が各政策でどう出てくるか。火種もかえている。

 クリーンのはずの民主党が「政治と金」で苦境に立っている。鳩山さんの「偽装献金問題」小沢さんの「西松建設違法献金問題」は党代表の立場での問題の露呈であったために、影響は少なくない。両者ともに、十分な説明責任を果たしていないと有権者は見ている。
これでは、企業献金などの禁止を訴える資格はない。2人共に、一度しっかり説明すべきである。選挙の争点がぼけてくると、自民党はここを攻めてくることは確実だ。
 
 変わらなければ、これからも続く閉塞感、変わったところで期待通りに行かない改革に有権者はうんざりする場面が目に見える。

 人気者を取り込んで、議席を確保しようとする政党に迷わされず、マニフェストでしっかり比べてみることだ。

2009年7月5日日曜日

地球温暖化起因説:自然変動説を残したまま、人為説の独走か




 2050年までにCO2排出量を半減させるという目標は決まったが、各国はそれぞれ国内事情があり、そううまくは行きそうにない。国内の政策もうまく行かないのに、世界的課題に向かって、各国の代表が集まり、協議したってうまく行くはずがないと言った事が思い出される。
 
地球温暖化対策は、そのもっとたる課題だ。

 国中が、地球温暖化防止に向けて、CO2排出量の削減、省エネを訴えることは良いとしても、その対策には莫大な予算が必要になる。しかも我が国は相当に省エネなど対策がとられた上での、更なる削減目標である。産業界あげて不公平だと反対する気持ちも分からないわけではない。

 ピョルン・ロンボルグの「環境危機を煽ってはいけない」という本は、私達にCO2原因説を本気で考える機会を与えてくれた。その著者は多くの文献、研究者に当たってその拠り所としているデータの真偽、読み方をデイスカッションした功績は大きい。わたしも一読したが、説得力のある内容で、IPCCの人為的CO2原因説に疑問を呈している。

 その後IPCCの報告書は第4次までになり、ここでは日本のスーパーコンピューター「地球シミュレーター」が大きく貢献し、「平均地上気温の変化は太陽変動や火山噴火など自然影響のみでは、説明できないが、自然影響と人為影響を加味すると説明がつく」として変化は人為起源と断定した。
さらには、「不都合な真実」でゴアもと大統領とIPCCの報告がノーベル賞を受賞したことは、何か政治色を感じざるを得ない。

 その一方で、人為説に疑問を呈する意見が続出し、環境問題と取り組んでいる人達と論争を起こしている。
私も人為説に疑問が出ている以上は、「環境省は政策を進める前に、トコトン議論すべきではないか」とネット新聞で提案した。今まで環境省が人為説か自然変動説で議論する場を作ったことはない。万一、人為説に不利な状況が現れでもすれば、地球温暖化政策は混乱すると思っているのだろう。
 このまま曖昧にして、政策を進めた方が関係者は幸せなのかも知れない。

 ところがここに来て「エネルギー・資源学会」がやってくれた。異論が出ている地球温暖化起因説について専門家達が議論をしようというのだ。その機関誌で新春e-mail討論「地球温暖化:その科学的真実を問う」を開催した。
 アラスカ大の赤祖父先生(北極圏研究の第一人者)、横浜国大の伊藤先生、東京工大の丸山先生、海洋開発機構の草野さん(地球シミュレータセンター・プログラムデイレクター)、国立環境研究所の江守さん(温暖化リスク評価研究室長)の5人の研究者がそれぞれ持論を展開している。
 
 赤祖父先生はご自分の研究から、「温暖化は止まった」という。1975年からの気温上昇は自然変動によるモノで、今は「小氷河期」からの回復にある。2001年ごろから気温上昇が止まっているのに、CO2放出は続いている。このことはIPCCの報告の仮定が大きく崩れたことになると自然変動説を主張。
 確か私が大学生の頃、1962年頃は気温が下がっており、「これからは寒さに向かう。就職するのであれば繊維メーカーが良い」と真顔で言われたモノだ。

 江守さんは、IPCCの報告の仕事に関わったのだろうか。他の先生方が文献やそのデータの見方、処理の仕方に疑問を呈すると、必ずIPCCの報告に則った擁護を繰り返していた。

 他の先生は、研究者らしく、多くの文献を例示しながら、データの取り方、見方、処理の仕方、さらにはIPCCが軽視している気候現象についても論述している。例えば、温暖化には水蒸気が大きく影響する。エアロゾル→雲の発生、性質、寿命の検討が重要な要素になるが、IPCCの報告は実施していないという。しかし、江守さんは実施していると反論する。

 疑問に思っている一つであるが、気温測定にも言及している。地上2mでの気温測定は、気温の変化を過大に評価している危険があるし、観測環境も劣化して誤差が大きくなっている(例 田舎のミニ都市化)。

 それから、気温測定値がない時期は、氷床コア、鍾乳石、湖底堆積物などの代替指標を使用しているが、人為的錯乱など、この質が問題なのだ。ホッケー・ステイック曲線と言って20世紀後半に急激に気温が上昇しているのは、この人為的錯乱が影響しているのではないかという。

 IPCCの報告が上昇していると主張する気温傾向にも問題がありそうだ。

 議論を見てみると、それぞれが文献を上げながら、データを読んで説明している。同じデータでも読み方が違う。IPCCが軽視していると言われた課題も、江守さんに言わせれば誤解のようだ。
 この議論に呈されたデータを十分に読む能力はないが、草野先生が指摘されるように「未だ経験的手法に頼る試行錯誤の段階」ではなかろうか。
 人為説にいう温室効果ガスによって、未来の気候変動が支配され、今後単調に気温が増加し続ける可能性が高いというIPCCの報告は一つの仮説であるとする考えに賛成である。

 IPCCの報告は、各分野の学者が十分に議論されないまま、政治が入ってきた最悪の例だ。不確実性が高いとは言うが、自然変動説を残したまま人為説が独走する地球温暖化対策に異議ありだ。

2009年7月3日金曜日

共産党をキャステイング・ボードの担える政党に

東京都議会選挙が始まった。自民党は負けを考えてか「国政は国政、都議選は地方選」と予防線を張るが、大方は総選挙の前哨戦と見る。
 現在の都議会の政党別議員数は、自民48人、民主34人、公明22人、共産13人、ネット・ワーク4人、その他4人の125人(定員は127人)。自民と公明で過半数を確保している。
 この追い風野中で、民主がどの程度議席を獲得するかだ。
 予定候補者数を見ると自民58人、民主58人、公明23人、共産40人、社民2、その他32人と報じている(2009.7.3 NHK おはよう日本)。二大政党制を目指しているが、自民、民主単独で過半数を確保することは難しい。他党との連立を組まなければ政権与党になれないが、単独党の独走をコントロールするには、その方が良いかも知れない。

 そのためには、共産党がもっと議席を確保してキャステイング・ボードを握れる政党になって欲しいと思う。

私も、新銀行東京への400億円の特別融資の是非を議論する東京都議会をテレビで見たことがあるが、自民、公明、民主は設立に賛成した経緯から質疑に精彩を欠いていた。一方で、活発に質問し攻めていたのが共産党だった。

 国政を見ても、往々にして自民、公明、民主とも主要政策で差違は本質的には少ない。民主党が「生活が第一」と訴え国民の支持が多ければ、自民も争点を少し替えて同じ訴えになる。二大政党を目指すと言っても、政権与党と180度違う政策では、国民が付いて来にくい面がある。

 そこで議論される政策を是正する役として、共産党に期待したい。暴走しやすい二大政党の政策に、国民の違った立場から修正を加えて行くのだ。
 共産党に政権を担わせることには、国民の過大なアレルギーがあって無理であるが、政権与党をコントロールする役目は、果たさせて良いと思う。

 共産党だって、過激なことばかり言ってはいない。自公政権の政策に対して、メデイアが指摘する問題点を、しっかりカバーしているのだ。
 基本的には、現実路線に従い現在の資本主義の枠内での民主的な改革を進めようとしている。だからいきなり社会主義など考えていない。いままでの大企業、富裕層のもうけ優先から国民の暮らしを支えるために働く貧困層を解消、過密労働の是正、正社員化、社会保障費の削減から拡大してくらしを支える。2006年の医療改革の撤廃などを上げている。
 消費税増税には反対し、減税するという。いままで大企業、大投資家は17兆円の減税をいける一方で、国民は5兆円の増税で、所得再配分が格差拡大に繋がっていると主張する。いろいろ言われている財源では、ムダをなくし、不公平税制の是正、軍事費などあらゆるムダにメスを入れる。大企業減税や利益を上げる大銀行の「法人税ゼロ」、証券優遇税制は所得に応じた負担に変えていく。当然の事だ。
 
国民の声を正しく反映した政治、行政を実施し、民主的改革を進めるとして、天下り、企業団体献金の禁止を訴えているのは良いとしても、国会議員の定数を削減することには反対している。国民の声が小さくなるからだという。

 ベテラン、重要なポジションにいる政治家で政治資金規正法での違法事件、不正事件が発覚している。こんなんであれば、320億円に上る政党助成金は廃止すべきだという共産党の言い分に賛成である(勿論、共産党は受けていない)。政党助成金があることで、自民党の収入の6割、民主党は8割が税金に依存していることになる。国営の政党で、憲法に違反するとまで言っている。面白い見方だ。

 もっと共産党の政策を読み、理解してキャステイング・ボードを担える政党に押し上げて行ったらどうか。民主政治に必ず役立つはずだ。

2009年7月1日水曜日

東国原さん 「どげんかせんといかん」とは、あなたのことでは

2年ほど前、当初は泡沫候補と見られていた東国原さんが、途中から力を発揮して知事に当選した。就任早々に鳥インフルエンザに出くわし、官僚が止めるのも聞かず現場に駆けつけ、フットワークの良い知事として評価されるようになった。今は何故か東京に飛ぶことが多いようだ。
 大阪府の橋下さんも、200か2000%か忘れたが、可能性はないと言いながらも立候補し、挙げ句は5兆円に上る借金に先制パンチを受けたが、就任当初は、府下の市長や職員に向かって涙を流しながら、無駄な予算の削減を訴える姿は忘れられない。
 人気タレントの知名度を活かした選挙は、圧倒的な強さを発揮すると感心したモノだ。
 2人に言えることは、就任早々に大きな課題に果敢に取り組んだことだ。
特に橋下さんは、地方自治の財政困窮時でもあり国の直轄事業の地方負担分の問題など、地方自治の問題を取り上げ、国と渡り合う弁護士らしい動きに感心すると共に、私達に地方自治について考える機会を与えてくれている。
一方、東国原さんは、なんと言ってもメデイアの報道が宮崎産農産物などのPRに偏っていたために、マンゴーや地鶏などのセールスマンの印象が強い。

しかし、ここに来て東国原さんが、自民党の総理候補、総務大臣候補で国政に転身する話が持ち上がってきた。昨年の国土交通相を辞任した中山さんの引退発言で、その後釜の話があってから、どうも国政への意欲が出てきたようだ。

宮崎を訪れた古賀さんに、「総理候補としての可能性があるか、知事会のマニフェストの一言一句を自民党のマニフェストに載せること」などの条件を示したと言う。自民党内はもちろんのこと、政界に大きな波紋を投げたのは当然の結果だ。今までの東国原さんの評価が一転するほどのショックも与えた。

2人は、このままでは地方は二進も三進もいかない。霞ヶ関をぶっ壊して地方自治を確立する必要があると主張することは理解できる。でもこの全国知事会がまとめた上げた案は、十分に練り上げられたモノなのか。そして国民の理解が得られた内容になっているのか。

さらには、地方自治確立に向けての2人の手段は違うようだ。東国原さんは、直接自ら国政に足を踏み入れて推進しようと言うが、橋下さんは地方自治を強力に推進する政党を結成あるいは支持しようとしているように見える。どちらかというと橋下さんの考えが理にかなっているようにも思えるが、各知事それぞれに、人気の高い新進の知事とは組めないしがらみもあるだろう。

誰が言ったか知れないが、今度の選挙は「地方自治選挙」と言うが、それだけでは郵政民営化選挙と同じになる。民主党の岡田さんではないが、「もっと他に大事なことがある」のだ。

ところで「どげんかせんといかん」と県民の信を得た東国原さんは、今回の騒動を宮崎でどう評価されているのか。

東京に向かう電車の中で、スポーツ紙が「東国原 トップ」という見出しの記事を載せているのが見えた。国民の人気度かと思ったら、知事の年収の事らしい。大方の知事が2000万円弱であったが、彼だけが約5700万円で群を抜いているらしい。それも1/5が知事の年収で、4/5がテレビ番組などへの出演料だという。週末はどこかのテレビに出演している姿を目にしたが、県政がどうなっているのか、心配になってくる。

県外の人間にとっては、宮崎県での東国原さんの評価は分からない。今までは、何かあっても宮崎県の問題だと片づけていたが、国政に出てくるとなると、どんな政治家なのか知りたくなる。

2009.7.1の宮崎日々新聞のWebニュースサイトを開いて見た。

「知事最後の本会議? 任期全う求める声」では、県議会閉会の30日に、知事の退職金5割カットする条例可決。知事にとっては最後の本会議になるかもとの声。国政転身に63%が反対、支持率は82%にもなる。この条例が置きみやげにならないよう切に望むと記している。この条例も7月7日までに辞職すれば空条例になるとも記している。

更に社説で「知事の責任」について、県政投げだし発言に戸惑うと論じている。
今は、県民の意向を聞くよりも、自身の気持ちが優先、反対する意見は聞かず、支持する声ばかりを聞いている。任期半ばで、知事の責任は十分果たしたと言わんばかりの発言が目立つと酷評している。
知事故婦約をドウすると問いかけ、ふるさと宮崎に骨を埋めると言っていたのに、2年半でどうして気持ちが変わったのか。4年間の約束を反故にしてしまうまでの態度変更に説明する責任があると主張し、県民は戸惑っていると結んでいる。

この1週間は、「心、宮崎にあらず」の態度が目立っていた事は、テレビの報道、言動を見ても知ることが出来るが、東国原さんは大きなドジを踏んだのではないだろうか。今回は国政への転身の芽は無くなったが、これから宮崎県民にドウ説明するのか。
 
「どげんかせんといかん」は、東国原さん自身の問題になってきたのだ。