帰宅途中の東京大田区久が原の路上で「ドーン」「サー」という異常な音を感じた。8月31日午後6時半頃だ。いつも同じ時刻ごろ同じ路上を歩いているので、直ぐ異常と分った。
地面が少しは動いたかなと思うぐらいだったが、ドーンという音と共にサーという風が抜けるような音を感じた。
私の他に、親子連れも歩いていたが、一瞬音のした方を見ただけで、特に注意する様子もなかった。
近くをJR,新幹線が走っているが変わった様子はない。
急いで帰ってテレビをつけると気象庁が発表した地震情報が流れていた。大田区蒲田で震度2だが、特にニュースで取り上げる局はなかった。大した事は無かったのだ。地震の規模の割には震度観測点が非常に多い。震度1,2,3がこまめに観測されている。観測点が整備されているのだろう。
気象庁は震源を千葉県北西部、深さ約90km、地震の規模はM4.5と発表した。ところで、千葉県北西部は東京湾北部地震の震源域にあるのではないか。千葉県北西部地震の震源は千葉市付近の直下だ。東京湾北部地震の震源は荒川河口付近になるのだろうか。プレート境界型のM7.3の東京湾北部震源域に両者は入っているのではないか。
東京は直下型地震として、東京湾北部、M7.3、震度6強が想定されており、30年以内の発生確率は70%と非常に高い。所謂よく言われるプレート境界型でM7以上の首都圏直下型地震とは、この東京湾北部、多摩、茨城県南部の3地点を震源と想定されているらしい。
首都は、地盤が軟弱なため、日本全国で発生した地震の長周期振動が東京を襲っている。近くで地震の発生がないのに、超高層ビルが揺れた例が多い。このほかにも、立川断層帯、三浦半島断層群も今、注目されている。
この千葉県北西部地震は、注意すべきである。
2005年7月23日午後4時30分に発生した千葉県北西部地震は、東京都足立区も震度5強に襲われたが、これが1894年(明治27年)の明治東京地震(M7)に類似し、同じプレート境界で起きたという指摘が研究者らによってされた。1855年には安政江戸地震、1923年には関東大震災と巨大な地震が相前後している。
活断層が活発になった世紀に入ったとも言われている。首都圏直下型地震は要注意であるが、周辺で起きる地震にも注意が必要だ。
3月11日以降、イザという時のために、ポリタンクに水道水を確保し定期的に交換していたが、手間がかかるばかりで気が緩んで止めてしまった。風呂水も雑用水で貯めていたが、シャワーを使うようになり止め水は止めた。
寺田寅彦博士がその随筆で「何時だかは分らないが、来ることは来ると言うだけは確かだ。今からその時に備えるのが何よりも肝要である」と書いている。
「継続は力なり」は防災にも言えることだ。
地面が少しは動いたかなと思うぐらいだったが、ドーンという音と共にサーという風が抜けるような音を感じた。
私の他に、親子連れも歩いていたが、一瞬音のした方を見ただけで、特に注意する様子もなかった。
近くをJR,新幹線が走っているが変わった様子はない。
急いで帰ってテレビをつけると気象庁が発表した地震情報が流れていた。大田区蒲田で震度2だが、特にニュースで取り上げる局はなかった。大した事は無かったのだ。地震の規模の割には震度観測点が非常に多い。震度1,2,3がこまめに観測されている。観測点が整備されているのだろう。
気象庁は震源を千葉県北西部、深さ約90km、地震の規模はM4.5と発表した。ところで、千葉県北西部は東京湾北部地震の震源域にあるのではないか。千葉県北西部地震の震源は千葉市付近の直下だ。東京湾北部地震の震源は荒川河口付近になるのだろうか。プレート境界型のM7.3の東京湾北部震源域に両者は入っているのではないか。
東京は直下型地震として、東京湾北部、M7.3、震度6強が想定されており、30年以内の発生確率は70%と非常に高い。所謂よく言われるプレート境界型でM7以上の首都圏直下型地震とは、この東京湾北部、多摩、茨城県南部の3地点を震源と想定されているらしい。
首都は、地盤が軟弱なため、日本全国で発生した地震の長周期振動が東京を襲っている。近くで地震の発生がないのに、超高層ビルが揺れた例が多い。このほかにも、立川断層帯、三浦半島断層群も今、注目されている。
この千葉県北西部地震は、注意すべきである。
2005年7月23日午後4時30分に発生した千葉県北西部地震は、東京都足立区も震度5強に襲われたが、これが1894年(明治27年)の明治東京地震(M7)に類似し、同じプレート境界で起きたという指摘が研究者らによってされた。1855年には安政江戸地震、1923年には関東大震災と巨大な地震が相前後している。
活断層が活発になった世紀に入ったとも言われている。首都圏直下型地震は要注意であるが、周辺で起きる地震にも注意が必要だ。
3月11日以降、イザという時のために、ポリタンクに水道水を確保し定期的に交換していたが、手間がかかるばかりで気が緩んで止めてしまった。風呂水も雑用水で貯めていたが、シャワーを使うようになり止め水は止めた。
寺田寅彦博士がその随筆で「何時だかは分らないが、来ることは来ると言うだけは確かだ。今からその時に備えるのが何よりも肝要である」と書いている。
「継続は力なり」は防災にも言えることだ。
写真左:地震情報 2011.8.31午後6時半ごろ 震源は千葉県北西部 気象庁HPより
写真右:国が想定する地震のパターン 2011.9.1 読売新聞
0 件のコメント:
コメントを投稿