2015年8月6日木曜日

新国立競技場総工費:「整備計画の中で示す」ということは官製談合になるのか

6日のメデイアが5日の衆院文部科学委員会で遠藤五輪相が「新国立競技場の総工費を9月上旬に整備計画の中で示す」と明言したと報じた。チョット待てよ。そうすると官製談合すると言うのか。

勿論、自由競争をさせると仕事を取りたいための「安かろう悪かろう」の設計・施工になるし、逆に「高ければ高いほど良い」という訳にも行かない。そのために一定の品質を保ち適正工事費を知っておくことは大事であるが競争入札する前におおよその予定工事費が分かるような公表は官製談合に手を出すことにならないか。

今までの新国立競技場の工事費は1300億円→3000億円→2520億円と転々としている。

最初にコンペで示された1300億円の根拠も2016年の招致に落選したときの予定価格と言われたり、再度見積をやってみると人件費、資材の高騰で3000億円になったという。ただそれだけの理由で倍になるなんておかしい。考えられることは相当適当な見積をやったことになる。そして条件をいじくって2520億円まで下げて有識者会議で承認を取ったことになる。

その後、いろんな批判が出たことで安倍総理が白紙撤回を決断した。

そして今度はデザイン&ビルト方式で設計と施工を同時にするコンペだという。「時間が無い」ので効率的方法かもしれない。

設計条件を明示するのは当然でも工事費まであかすのはどういうことか。その工事費の根拠は何なのか。こんなことをやっているから工事費の無駄遣いになる。また官庁仕様は民間仕様よりも贅沢で金額的にも3割高と言われたときもある。

業者には設計条件だけ示し、提案された案件から最適と思われる設計・施工事案を決めるべきではないのか。

あらゆる面で官庁事業は無駄が多すぎる。

2015年8月2日日曜日

憲法解釈者の姿勢:時代とともに変わる憲法規範を現実の出来事に当てはめる責任を持て

憲法解釈者の姿勢は時代とともに変わる憲法規範をきちんと現実の出来事に当てはめることと憲法学者である京大・大石教授は言う。私立大の多くの憲法学者が「違憲」を断じている今回の安保関連法案(平和安全法制)を東大や京大の憲法学者がどう考えているのか疑問に思っていたが、政府寄り(?)のスタンスを取る読売新聞(2015.8.2)が京大・大石教授とのインタビュー記事「安全保障法制 語る 「憲法解釈 変更あり得る」」を掲載した。

安保関連法案の国会審議で中身の議論が深まらない中で、野党は法案の印象ばかり批判し、「戦争法案」というネーミングはデマゴギーで国会議員が使う言葉ではないし、世論調査を元に「国民の多くは憲法違反だと考えている」と訴えるが国会議員は自らの判断を放棄しているようなものだという(読売新聞2015.8.2)。

野党が「戦争法案」と言ったから国会前集会で「戦争させるな」というプラカードになったかどうかは知らないがデモ参加者には年配者、子連れ夫婦を問わず「戦場に子どもを送るな」などの訴えが多い。そして戦争経験者である高齢者は一様に戦争反対なのだ。

この集団的自衛権行使が限定的であっても安保関連法案が「戦争になる危険」に一歩近づいていることは確かだ。今は武力行使ではなく外交で懸念事項を解決する方向だという専門家もいるが相手国次第では外交もうまく行かない。

世論調査などで「国民の多くは憲法違反と考えている」とは、国民の民意に言及したものであるが国会議員自ら判断すべきだという指摘には同感だ。

60%の国民が反対している法案が委員会で強行採決、賛成多数で衆院通過とは自公議員が民意をどう考えているのか。民意とは関係なく党議拘束(?)で賛成したのか。衆院特別委員会での強行採決でプラカードを掲げて委員長席に駆け寄る野党委員に較べ茫然と起立している自公議員の無気力さが印象に残った。

理解が進まない理由に10本の改正法案などを1本にまとめての一括提案であることを挙げているが私もブログで個々の法案で審議したらどうかと提案したことがあるが大石教授の意見に同感だ。1本1本を丁寧に審議すれば理解も進むだろうし、新たな疑問も出てくるだろう。

ところが国会審議で野党議員が質問したところ安倍総理は「分離すれば関連性を説明するのが難しい」という意味の発言をして拒否したのだ。何やら説明しやすい事項に質問を集中させ知って欲しくない事項を隠す手段に出たのではないかと疑う。
憲法9条と安保関連法案の関連では、憲法は伝統的に武力行使の放棄を定めていることは疑いのないことだが国際情勢は動いているのだから解釈変更の余地は有り憲法規範と整合性を取っていくべきだという(同上)。

安倍総理がホルムズ海峡の掃海に御執心だったことから党首討論で岡田さんが「ホルムズ海峡で何か変わったことが起きているのか」と安倍総理に質問したが安倍総理はまともには答えなかった。

そして今、中国、北朝鮮などを想定国にしている。尖閣諸島の激しさを増す領海侵犯、北朝鮮の核開発問題、なかなか進まない拉致被害者問題など日本一国では対応しかねる問題に米国との同盟強化で抑止力を上げようとする考えには理解も出来る。

外交や軍事の専門家は国際情勢の変化を例示し安保関連法案の必要性を説く。地方の公聴会でも中国に近い沖縄県内では安保関連法案に賛成する意見が多い。国土防衛を考えるとその緊迫感は分かる。

一方で、今回の安保関連法案に反対の立場を取っている人には安倍政権の政治手法に反対している人も多いのではないか。

国民投票法を成立させた実績はあったが、憲法改正のハードルが高いとみると「今回が限界」と憲法の解釈改憲に舵切りした。今回の法案は、特に大々的に選挙公約で掲げた政策ではなくアベノミクスに隠れて公約に添えられた程度の政策課題であったが衆院で多数の議席を維持することが出来、国会審議の前に閣議決定、アメリカとの約束そして国会審議入りと強硬手段に出た。

野党は憲法解釈変更は「立憲主義に反する」と政府を追及する。憲法学者もこの点も「違憲」の理由にあげる。

大石教授は「そもそも憲法の役割は正しい形で政治家に権力を与えること」だといい、「権力を抑制しなければならない」という主張は「政治家には存在価値がないと言っているようなものだ」と酷評する。国民が選挙で投票し、議院内閣制を確立するものだから立憲主義の議論は不毛という(同上)。



最後に大石教授は「憲法学者は政権へのスタンスでものを言ってはいけない」とも言う。時代とともに変わる規範をきちんと現実の出来事に当てはめることが責任ある解釈者の姿勢だという(同上)。

内閣、法制局もそういう役割を担っているし、最高裁も起きた出来事に如何に打倒は解決策を見いだすかに腐心しているという(同上)。

憲法学者にもそういう姿勢が求められるのではないかという(同上)。

憲法学者が国会で参考人として呼ばれるときも各党の推薦によるが、与党推薦の憲法学者が「違憲」と言ったのだから反響は大きかった。今は政権寄りとみられていた憲法学者も「違憲」発言をしている。

安倍総理は進まない国民の理解に対して「丁寧な説明」を強調するが、時代の移り変わりとともに現実の出来事に対してしっかり説明責任を果たし憲法との整合性を図らなければ国民の理解は得られない。

大石教授が今回の安保関連法案に「合憲派か違憲派か」、「賛成か反対か」もはっきりしないが、示唆に富むインタビュー記事だった。この安保関連法案も国会審議では成立するだろうが、国民一人一人がしっかり考え「賛成か反対か」の態度を示すのは来年の参院選だ。


憲法学者も合憲、違憲の判断ばかりでなく現実の問題をどう解決していくか、処方を出すのも責任ではないか。


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2015年7月31日金曜日

東電元会長らを強制起訴:経営トップの安全配慮義務を認めるべきだ

東京第5検察審査会が東電元会長ら3人に「起訴議決」したことで東京地検が2度に渡り不起訴にしていた経営トップの経営責任が問われる事になった。原発という巨大技術を運用する原発事業者にあっては「万が一」の場合でも高度の注意義務を経営者に課さなければ国民の生命、財産を守ることは出来ない。

東京地検の不起訴処分では福島第一原発の事故の背景が分からなかったが、今回経営トップが法廷に出ることで新たな証言が聞けるのではないかと注目したい。

この福島第一原発事故の焦点は、(1)新しい知見から津波の水位が15.7mになる試算が出ていたが東電は巨大津波の来襲を予測できていたか、(2)もし対策を取っていれば今回のような総電源喪失によるメルトダウンは回避できたかなどだ。これはメデイアでも報じられている。

そのほかに私は東電の経営トップに安全注意義務があると考える。業務上過失致死傷罪に問われると経営トップの「業務上」が問題になり社長や副社長の日常業務に安全配慮義務があるかと言うことになり、今まではそこまではないとされてきた。

東電福島第一原発の事故前の津波の想定高さは5.7mだったが、新しい知見で試算しなおした津波高さは15.7mで防潮堤の高さを上げるには80億円かかるという社内研究で若手研究員が報告していたという。

そのため、東電はこのままでは危険だと言う認識を共有していたとしたら防潮堤をかさ上げする決定をしなければならないが、それを怠った責任があると言われていた。

ところが東電は社内研究とはいえ正式な研究会ではなかったとして責任回避の手に出た。そこのところは事故調査報告でも言及しているはずだ。

国際原子力機関(IAEA)も福島沖でM8.3の地震が起きれば津波の高さ15m程度となる試算をしていたにもかかわらず東電は処置をとらなかったと指摘している。

さらには従業員教育、過酷事故対応が国際的な慣行に沿っていなかったともいう。我が国の原発事業をリードする東電に安全意識の欠如を見ることが出来る。この考えが社内に蔓延っていたとしたら経営トップの責任でしかない。

そして津波高さ15mの対策を取っていれば今回の重大事故を回避できたかということだが、これについては難しさがある。そもそも今回の福島第一原発事故は地震による機器の損傷で起こったものか、後に続く津波による機器損傷から総電源喪失に至ったのかがはっきりしない。大方は津波による被害とみているが地震に夜被害とみると考え方が違ってくるのだ。

それでも総電源喪失によるメルトダウンが発生したのは確かだ。では誰も総電源喪失による危険を予測していなかったのかというと疑問なのだ。福島第一原発の所長経験者が総電源喪失の危険を認識していたのだ。

安全対策よりコスト優先、原発事業者としての責任を果たしていないとはよく言われたことだが、これほどの巨大事故を起こしていながら東電経営者にお咎めなしとは不思議なことだ。

企業が事故を起こしても経営トップには日常業務として安全配慮義務まではないと言われ
通常は担当部門の長や実際の担当者がその責に問われた。だからなかなか企業の安全意識は高まらない欠点があった。

ところが原発という巨大技術を運用する東電のような事業者にあっては特に高度な安全義務が課せられるべきである。そして経営トップである社長や副社長にも日常業務として安全配慮義務を課すべきである。

そうすれば事業者の安全確保の意識が高まり国民の生命や財産を守ることも出来るのだ。

これを機会に、裁判でも企業にあって経営トップの安全配慮義務を厳しく問う法理論を確立して欲しいものだ。検察も従来の法理論に頼っていては巨大化、複雑化する技術に後れを取ることになる。

私たちは安全と紙一重の技術に頼る生活をしているのだ。

カネ食い虫のオリンピックはもう御免?:広がる東京オリンピック騒動、ボストンは辞退へ

金食い虫のオリンピックはもう御免? 広がる東京オリンピック騒動、ボストンは2024年夏オリンピック招致辞退?。27日、日刊スポーツでボストンが2024年夏のオリンピック招致を辞退したと米国オリンピック委員会が報じたことを知った。こう言うことはこれからも増えるだろう。国威発祥、都市開発の起爆にオリンピックを招致する動きも過去の物となるのか。

その理由も開催に対する支持が40%と低くカネがかかることに住民の反対があるようだ。大会の赤字を市が補填するほど財政に余裕がないのだ。

日本も決して財政的に余裕はないが、メインの国立競技場は「他に類のない真新しいスタジアム」、「東京都はこのために4500億円を用意している」など世界が驚く奇抜な計画、財政的にも余裕があるように見せたが、いざ基本設計に移ると膨らむ建設費、2兆円とも言われる大会運営費、大会後の維持管理費40億円など課題がはっきりしてきた。

今まで詳しくは知らされていなかったが新国立競技場の建設費2520億円には多くの国民が唖然とした。メデイアの世論調査で批判が高まると安倍政権は支持率下落を恐れて白紙撤回を決断した。

IOCもコスト高騰の批判に答え削減をメインにした「アジェンダ2020」を採択し東京オリンピックのコスト削減対応に一定の理解を示した形になったが、コスト高騰→開会不可能になることを恐れての対応だ。

その背景にはブラジルのW杯、オリンピック招致反対、国民の生活に支援を要求するデモが多発していた。

国威を世界にアピールするメイン会場、カネのかかる開会イベントなど途上国にとっては贅沢この上ないイベントなのだ。

ところで2020年招致活動で東京に敗れたマドリード、イスタンプールはどう考えているのか。東京の招致活動の内容が大きく変更になったことに「それ見たことか」と思っているのではないか。

マドリードはスペインの厳しい経済状況に対する懸念もあって低予算での開催を提案し多くの施設で既成施設の使用を提案しエコな開催を印象づけていた。
なんと言うことはない。今東京がそれをやろうとしているのだ。

イスタンプールも欧州とアジアの架け橋を主張、国内の開催支持は94%、強固な財政基盤、インフラ整備を唱っていた。

猪瀬前知事は、「途上国は先進国を追いかけていれば良いが、先進国は自分たちで未来を造る必要がある」と意気込みを示し、その結果東京、イスタンプールが有力とみられていたが「TOKYO」に決まった。

東京オリンピックも過去に戦争で中断した事があったが、今度はメイン会場の騒動、建設費の高騰などで工期が間に合わず中断と言うことにならなければ良いが。「次に何が起きるか」が日本国民の心配事ではないか。

早速エンブレムに対してクレームが付いた。関係者は「しっかり調査しているので心配ない」と言うが相手は訴訟に持ち込むようだ。似ていると思えば似ているのだ。

この件に関してデザイン者のコメントが気になった。エンブレム発表会の後の記者会見で「今後どんな問題が起きるか心配だ」と言う意味の発言があったのだ。何やら盗作の疑いがあるような発言だった。


オリンピックという巨大なイベントだからいろんな意味で注目されているが、財源は税金だ。決して官僚のやりたい放題ではダメだ。大きなイベントほど経理を公開する必要がある。

「国を守る」大義があれば「法的安定性」も犠牲に出来るのか

「国を守る」「国民の命、生活を守る」という大義があれば憲法の枠を越えたり、法的安定性を犠牲に出来ると言うことか。安保関連法案に関して安保環境など情勢変化の立法事実があれば政府の憲法解釈も必要に応じて変わってくる。

磯崎首相秘書官はついつい本音を言ってしまった。一方安倍総理は限定的自衛権行使という理屈で集団的自衛権の一部行使に出た。国民を騙しているのは安倍総理の方ではないか。

「法的安定性」を考えると従来の政府見解を変えての安保関連法案は理解出来ないが、憲法の枠組みを超えて「法的安定性に関係なし」と言えば理解出来る法案で磯崎発言はこっちの方だ。

でも安倍政権はこれではまずいので限定的自衛権行使の解釈改憲で新3要素を条件に「縛り」を入れている考えだが、「徴兵制」「戦争」への道は払拭できない。

30日の参院特別委員会の審議でも与党議員の質問に「徴兵制の心配が出ているが総理自ら否定してください」とか、野党議員からは「イランやアフガニスタンの地形に似た環境で米軍と自衛隊が共同訓練している」と安倍総理を追求した。

安倍総理は「憲法18条から徴兵制はあり得ない」、「米軍との共同訓練はたまたま米国でそういう場所があったと言うこと」と答弁し国民の抱いている心配事を否定した。

でも、安倍政権は憲法違反の安保関連法案を衆院で強行採決、衆院通過、参院審議入りをしているのだから「法的安定性」は必要と繰り返しても誰も信用しない。

時の政権の総合判断で如何様にも決断できる「縛り」のない平和安全法制なのだ。

磯崎首相補佐官については野党が「更迭」を要求したが安倍総理は拒否、電話で本人に注意したという。何やら緩い管理だ。

そこで参考人招致を与党も認め本人釈明と15分間の質疑をやるらしい。

磯崎さんはこの安保関連法案の構築に参加した人間でもあると言うから野党はしっかり質問して欲しい。

恐らく誤解を与える発言で「本心はこうだ」と弁解するだろう。首相側近中の側近の危機管理のなさに唖然とするばかりだ。もっとまともなお友達はいないのか。


党内での反対意見にも耳を傾け「裸の王様」にならぬよう自ら注意すべきだ。

2015年7月29日水曜日

安保関連法案・参院審議(2):10本の法案がどう絡んで平和安全法制を構築しているのか

安保関連法案の参院審議が始まったが、10本の法案が1本に一括提案されたがお互いにどう絡み合って平和安全法制を構築しているのかわからない。世論調査でも80%の人が「説明が不十分」とみているが、問題はここにあるのではないか。

参院での審議も時間が無い。衆院の審議と同じことを繰り返すのではなく、参院では1本1本の法案毎に中身をよく精査し野党各党が分担して特別委員会で質疑をしたらどうなのか。

衆院特別委員会での強行採決後に記者会見した浜田委員長が、「10本の法案をまとめて1本で一括提案したことはいかがなものか」と審議のやり方に疑問を呈していたが同感だ。

質問した野党議員も審議回数の少ない法案を指摘していた。

そして参院の審議では野党議員が「1本1本の法案を審議したらどうか」と提案したのに対して安倍総理は「それぞれが関連し合っているので難しい」と拒否していたが、これはおかしい。

逆に勘ぐると、関連性を聞かれると答弁に困るのだ。それとも何か不都合なことが隠されているのか。だから一括して提案し同じような質問を延々とさせ時間つぶしをやっているのか。

「丁寧な説明をして国民の理解を得たい」というのが安倍総理の考えであれば審議の方法を変えるのも一手ではないのか。

政権、与党は「対案を出せ」と野党を揺さぶるが、1本1本の法案をしっかり審議しなければ対案など出せないのではないか。この件で安倍総理は「我々の法案がベターだ」といって野党の対案を真剣に審議する姿勢にも欠けるのではないか。


国民の理解が進まない法案は廃案が常識ではないか。

安倍政権の本質は「法的安定性」軽視の政権なのだ

安倍政権の本質は従来の政府見解である「法的安定性」も軽視する政権なのか。憲法違反が指摘されている安保関連法案を成立に向けて突き進む安倍政権を見るとそんな感じがする。

恐らく安倍官邸内では「法的安定性を言っていては国民の命、平和は守れない」という考えがはびこっているのではないか。だからこそ今回の首相補佐官の「法的安定性は関係ない」発言が出てくるのだ。

「国民の命、平和を守るため」と言えば法的安定性否定を緩和すると思っているのだろうが批判は収まりそうにない。この発言で批判が高まると本人は弁明に努めるが、そもそも「こう言えばどうなるか」の危機管理意識に乏しい。

この発言で政権は挙げて鎮静化に努める。

表向きは、「9条のもとでも自衛権は認められるが自衛権は必要最小限度だ」という従来の政府見解だが、安倍政権は全面的集団自衛権は法的安定性を損なうが、限定的自衛権行使は法的安定性を維持するという見解だ。この限定的自衛権行使が無理筋な発想であるが新法案では新3条件を言うらしい。

安倍総理も国会審議で「日本が攻撃される恐れのある事態」に対しての野党の質問に「新3条件など総合的に考えて判断する」という。権力者の判断に全面的に負う「縛り」に欠ける法案に運用上の危険があるし「戦争に走る」指摘も無視できない。

今の日本は現・平和憲法を礎に築かれたという歴史をどう考えるのか。多くの国民が持っている感情だ。

安保関連法案は参院で審議されているが60日ルールでいけば成立しているに等しい中で、野党にがんばってもらう必要があるが、如何にせん国民の政党支持率は一ケタの前半で自民党支持の30%台を大きく下回る。

こんなに批判があるのに何故30%台の政党支持率を維持しているのか。民主党政権のことを考えると、まだ自民党政権の方がマシなのか。

最後は公明党の立ち位置だ。政権与党の一端として甘い汁を吸い続けるか、創価学会会員も国会周辺デモに参加しだしたことを考えると政権与党から離脱し安倍政権の暴走にブレーキをかける野党に転じるか。

国会議員自身、そして政党への国民の信頼をどう勝ち取っていけるか。大事な試練に立つ国会になってきた。

政権、与党は「対案を出せ」と野党を揺さぶるが、「違憲の安保関連法案」に対する対案などあるのか。

廃案しかないのだ。