2011年5月31日火曜日

今回の不信任案は、政策・政治手法の是非を問うのか、権力闘争か







今の政局はわかりにくい。大方の見方は「こんな時期に、そんなことをやっていて良いのか」との批判もあるが、本来は、大震災・原発事故への対応、情報公開のあり方、関連法案の成立の少なさも含めた復興・復旧の遅れ、増税なき復興財源の確保など菅政権の政策・政治手法への批判から「菅ではダメ」「菅がいては連立構想も組めない」と言うことで内閣不信任案提出が予定されているのではないのか。

だとすれば、急いで提出して是非の判断を下さなければならない。「こんな事をやっているときではない」という批判は合わない。

ところが、「嫌菅」による権力闘争の様相を呈してきては批判されるべき政局である。

また、菅総理の政局運営もおかしい。自らの外国人政治献金疑惑での窮地、政権批判を回避するために、早々と今国会会期末閉会を言いながら、野党からの「2次補正予算案提出」「国会延長」しなければ、不信任案を提出すると脅され、政権延命のためその方向で方針転換を模索している。

一方民主党内でも野党提出の不信任案に載る動きが、小沢系グループから活発になり、執行部との対立が激しくなってきた。小沢さん自身も一気に勝負を賭ける積もりはないらしく、菅総理の「自主的辞任」を望んでいるようだ。

小沢さんも「菅ではダメだ」と思っているようだが、菅政権の何処が問題で、どうして政権党内でしっかり議論せず、政局に持って行こうとしているのか。民主党内ばかりでなく、未だ「小沢頼み」の動きがあるが、小沢さんの描く政策、展望がわからない。

このままでは、干されっぱなしで我慢できず、これを機会に一気の勝負にでようとしているのか。菅さんを降ろし、民主党の両院議員総会で新しい代表を選出し、内閣を改造していく。その時は冷や飯を食っている小沢系グループの復権も目論んでいるだろう。

小沢さんが絡んでくるとどうしても権力闘争の傾向が出てくる。民主党執行部は除名などでその動きを牽制しているが、どうしても権力闘争に思えてくる。

民主党執行部も、菅政権の政策・政治手法について、両議院総会などでしっかり議論すべきではないのか。統一地方選でも惨敗しているが、その総括だって出来ていない。誰も責任を取っていない。
寄り合い世帯の民主党の脆弱さを露呈させている。

党内コミュニケーションも十分出来ず、政治主導と言わんばかりに菅総理の唐突な政策提案に振り回されるのは御免だ。

今回の内閣不信任案提出は、菅政権の政策、政治手法の是非を問うモノであって、早急に提出し、判断を下すべきである。


写真左:G8後帰国早々不信任騒動にまみれる菅総理

写真右:菅政権では復興は進まないと政策批判をする谷垣さん いずれもテレビ朝日報道ステーション2011.5.30より

2011年5月30日月曜日

菅総理 「指導力」を履き違えるな



世論調査を見ても、菅総理に「指導力」があるとは大方の国民が思っていない。更に悪いことに、その使い方を間違っているのだ。

社会保障と税の一体改革案で、2015年までに消費税を10%に上げる案が決定するらしい。それを急ぐ理由に重要政策に「指導力」を発揮していることを国民にアピールし民主党内、野党で活発になってきた「内閣不信任案」提出を牽制するためだという。

確かに今の経済状態では、景気が低迷する中での増税はリスクが大きすぎるが、今後4年のうちには景気も改善するだろう。メデイア、学者、財界こぞって財政再建のための増税は仕方ないと考えている。国民世論も同様だ。

誰でも「仕方ない」と思っている増税に力を入れても指導力/リーダーシップがあるとは思えない。

増税に向けて大切なのは、なかなか進まない「税金の無駄づかい」を洗い出しての削減だ。民主党はショーとして「事業仕分け」を物々しくやったが、政治判断で容易に復活するなど曖昧な事業仕分けで終わった。

もっと与野党一緒に国会で財務省と対決して欲しい。これぞ官僚主導vs政治主導の戦いだ。菅さんがリーダーシップを取らない限り前には進まないし、国民の増税を強いることなど出来るはずがない。

復興財源の国会審議でも、「みんなの党」の江田さんが復興資金捻出のため特別会計の余剰金を具体例を出して質問し、積み立てしていても使う機会がなかったのだから、何も増税、国債の発行をしなくてもこの余剰金を使うことを提案したが、菅総理のテレビ中継の表情はポカーンとしていて、聞く耳を持たない雰囲気だった。

財務省に言わせれば、「必要だから積み立てている」という論理だろうが、実際に使って生きたカネにすべきだろう。財務省の考えを正すのも指導力であり、コレこそ「政治主導」ではないのか。

今回の10%への増税も、YESMANばかりのメンバーを集めての検討本部で検討された案だ。これから国会での審議、国民に信を問う過程が残されている。

菅さんが政治家の本望と言っている復興、財政再建への目処とは、どの時点のモノなのか。財政再建案を作った時点か、国民に信を問うて総選挙に勝利した時か。

来るべき次の総選挙では、民主党、菅政権は惨敗だろう。菅さんの手で増税など出来るはずがない。

また、菅政権が「国民のためにどの程度役に立っているのか」を考えたことがあるのだろうかと疑う位、政権延命に必死だ。自らの外国人違法献金問題も含め追求を回避するために会期末で閉会の方針だったが、大震災、原発震災で問題が山積している現状で「国会を延長」「2次補正予算案の提出」をしなければ、内閣不信任案を提出すると突き上げられると、不信任案提出牽制のために、国会の延長、2次補正予算案の今国会提出を臭わすことになった。

どんな指導力を、どんな機会に使っているのか。パッとしない指導力を間違った方向で使っているとしか思えない。


今、菅さんが強い指導力を発揮できるのは「自らの辞任」を決意することだ。その後の展望は見えてこないのだが、政治に対する気分転換には、それしかないのだ。


写真:首相官邸 菅総理は、政権延命に向けてだけ「指導力」を発揮しているのか

2011年5月29日日曜日

内閣不信任案騒動:今こそ各議員の信念で決めては



誰が次の総理か。その顔が見えないことが政界を混沌とさせている。

野党の自民党は提出する以上は、可決なり、政治の方向を替えたい意思が強く、否決は責任問題になり、谷垣さんや他の野党党首の求心力が弱まる。慎重になるのは当然だ。

民主党も折角取った政権の座を、易々自民党に返上したくない。可決なら総選挙、賛成、欠席など造反者には除名など締め付けを厳しくする方針を打ち出し、こちらも必死だ。

党員資格停止処分中の小沢さんが、側近の意向で、また政界に主導権を握ろうと暗躍しているがどういう展望を持っているのか残念ながら分らない。タダの「嫌菅」での菅降ろしかも知れない。まだ「小沢神話」を頼るのだろうが、勝算あってのことか。

国会議員一人一人は、全国民の代表だ。民主党にも神奈川県比例区選出の若手議員が選挙区事情もあって民主党を離党に不信任案に賛成すると公言した。コレが本当の姿だろう。国会議員は自信の信念に基づいて行動すべきで、単に政権維持が目的の党の統制に縛られるべきでない。

菅総理は、G8後の記者会見で「党内も一致結束した行動取ってもらえると信じている」と発言したが、どういう展望があってそう言っているのか。広く代表者と話す機会を期待してもいるようだが、密室政治に持ち込み、内閣改造で逃げ切ろうとしているのか。

国民は、菅政権は勿論のこと民主党政権に辟易しているのだ。

民主党自身が菅政権に賛否の判断を下せないのであれば、国会で判断すべきであるが、その前に菅政権、民主党小沢グループ、自民党はじめ野党も国民に展望を示すべきである。

それがなければ、権力奪還に向けたタダの政争であり、国民には迷惑な話だ。

直近の報道によると内閣支持率は相変わらずの低迷で20%を少し越えている程度、不支持率は755弱だ。永田町の論理と世論はかけ離れているとよく言われるが、国会議員が選挙民の考えを吸収し国会で信念に基づき行動していないためだ。

何のために国会議員になったのか、疑問を感じる。

政治の混乱もここまで来たのだ。政治を変えるのは不信任案提出しかない。万一、否決され谷垣さんらの求心力が低下しても、それも政治なのだ。

国会会期末:こんな政治をやってて許されるのか



十分なコンセンサスもないままに政策を打ち出す「場当たり政治」、政権延命のために繰り出す「パフォーマンス」で政権内も戸惑っているようだが、国民は尚更困惑している。こんな政治をやる菅政権、ひいては民主党政権に国政を託して良いのか。

福島第一原発災害でG8サミットの国際会議で主役に躍り出た日本、その代表である菅総理は、国内の情報開示の現状とは裏腹に、「情報公開を徹底する」決意を表明、更には2020年までに1000万戸の太陽光発電」構想まで打ち出した。

菅さんらしいリーダーシップと言えばそれまでだが、海江田経済産業相も記者会見で「初耳」と行ったように、相変わらずの唐突な独断政策の発表であった。太陽光発電は、高額な補助金があっての経済性であり取り組みである。その財源をどう考えるのか。

ソフトバンクの孫さんと会談し、「元気をもらった」と上機嫌であったが、十分にコンセンサスも得ずに孫さんが提唱する太陽光発電構想に安易に乗っかり、国際会議で打ち出した軽薄さは免れない。

G8では、大震災からの復興と財政再建が課題として突きつけられている。

情報開示徹底の決意表明にも呆れかえる。民主党は「情報公開」「開かれた政治」を標榜し政権交代を勝ち取ったが、今回の原発震災対応では、データ隠し、度重なる訂正、内閣参与の思わずのリーク話と、それを躍起になって打ち消そうとする菅政権に、何を信ずればよいのか大いに迷う。

国会で盛り上がっているが、煮え切らない面もある「菅おろし」の動きも、菅vs小沢・野党の抗争の様相を呈してきた。

野党が内閣不信任案を出そうとしていることは分るが、民主党内で「原発震災での対応が悪い」と「菅降ろし」に動いていることに違和感がある。政権与党ではないか、何故党内で議論しないのか。菅総理はG8後の記者会見で、「話し合う用意がある」と政権運営に意気込むが話し合うのではなく、党内で政策議論が出来ないのか。

攻める自民党をはじめとする野党にも責任がある。「嫌菅」ではなく、菅政権のどの点がまずくて、内閣不信任案提出の動機になるのか。外国人からの違法な政治献金、政権交代のきっかけになった民主党マニフェストの何の反省もない見直し、大震災・原発震災の復興・復旧への対応の不手際などが上げられているが、逆に「しっかりやっているではないか」という考えもあるのだ。

こんな大惨事は「初めてのこと(為政者に始めてのことはないという意見もある)」で、誰が総理であってももたつく事ではあるが、細かなことまで自分で決めなければ気が済まない菅さんと、「任せるが、責任はオレが取る」のリーダーシップの差は大きい。

月初めに出されようとしている不信任案提出には迷いがあることも分る。

自民党にとっては、不信任提出→解散→政権奪取だろうが、民主党にとっては代表選で新しい代表を選び内閣改造するか、話し合い決着で内閣改造し、政権維持をはかる事だろう。

しかし、一番の難題は「次の総理が誰か」がはっきりしていないことだ。見通しの立たないままでの内閣不信任提出は国民の納得を得られない。

「菅じゃダメ」「菅じゃダメ」はコダマでしょうか、「いいえ誰でも」思っているのです。

写真:G8後の記者会見で続投に意欲を見せる菅総理 2011.5.29 民放テレビより

2011年5月27日金曜日

徐々に廃炉するしかない原発か









福島第一原発事故は、未だ進行中で、メルトダウンした燃料が水に浸かっている間は大丈夫と言うが、圧力容器や格納容器を破損することになれば事態は最悪の結果になる。我が国は37万km2の国土面積に54基の原発が立地する世界一過密状態に加え、巨大地震の想定震源域内にあったり、付近の活断層の上に乗っかっていたり、「現存するから仕方ないが、到底適した立地とは思えない」状況なのだ。

今回の原発震災は、原発政策の見直しに拍車をかけた。G8では、菅総理は2020年までに自然エネルギーの割合を20%に持っていくという。ドイツは2022年までに脱原発、スイスは2034年までに原発を停止、米国は、次世代の原子力発電の設計、建設に日本の事故の教訓を生かすと言うし、フランスは原子力に変わるネネルギーはなく、最大級の安全のためにどうしたらいいか考えるという。イタリアはチェルノブイリ事故以降、原発を廃炉にした。

原発推進、脱原発もそれぞれお国の事情がある。

菅総理は、2020年までの早い時期に自然エネルギーの割合を20%に持っていくと宣言したが、本当に国内で良く議論された提案なのか。日本のエネルギー構成は、自然エネルギー9.8%、原子力23.9%、火力65.7%。自然エネルギーのうち風力0.4%、地熱0.3%、太陽光0.2%、水力7.3%、そのた1.6%と言う。これらをどうやって20%まで持っていくのか。

民主党政権になって、鳩山さんはCO2削減25%を宣言し、菅さんは自然エネルギーの構成比を20%にするという。海外に向かって受けの言い製作を訴えているのは良いが、実行可能なのか。今回の原発自己対策でも、菅政権の発する情報は信頼されていない。

原発推進にあたって、原子力村が団結できたのも、官学産で豊富な予算を欲しいままに出来た事だと言われる。一体いくらの予算がバラまかれたのか。

原子力予算は2009年度で4556億5600万円、ここ15年間毎年4500億円以上を維持している。文部科学省が約2525億円で1848億円が日本原子力研究開発機構の予算で、高速増殖炉サイクル開発関連、「もんじゅ」の維持管理費などで毎年相当の税金が原子力予算で使われている。
経産省関係が約1933億円で、そのうち1314億円が交付金、補助金として地元にばらまかれているらしい。

もう一方、エネルギー対策特別会計も平成21年度ベースで2兆3698億円が計上され、どんな用途に支払われるのか分らないが、エネルギー需給構造高度化対策費2008億円、電源立地対策費1698億円、電源利用対策費419億円、独立行政法人運営費交付金・出資金・整備費が2547億円、国債整理基金特別会計繰り入れ1兆4139億円が主な項目だ。

何やら怪しげな費目に多額の税金、徴収金が使われている。官僚、政治家が交付金の配分で利権を確保できる資金源なのだろう。

このほかに電源三法交付金もあり、電源立地の自治体に2004年ベースで約824億円が計上されていた。福島第一、第二原発を抱える福島県に約130億円、新潟県に約121億円、福井県に113億円、青森県に約89億円に交付されている。

電源三法交付金は、逼迫した自治体財政に息を吹き込み、贅沢な箱モノ行政を推し進めた。年数が経ち交付金が減ると、それを補うために新たな原発の建設を認めることになる。「麻薬」のようなモノなのだ。浜岡原発停止で交付金が無くなり慌てた自治体があったのは、ついこの間のことだ。

これから、「原発をどうするか」を考えるときに、こういった国の政策の是非を検討する必要がある。

更に、原発の最大の利点、自然エネルギーの最大の欠点と言われている発電コストの妥当性の問題がある。今、1kWh当たりの発電コストは、原子力5.3円、石炭火力5.7円、天然ガス火力6.2円、石油火力10.7円、水力11.9円、太陽光49円と言われている。

最終処理をどうするか、またその技術が確立されていない原発の発電コストがどうして5.3円と一番経済的なのか理解に苦しむ。政策上の小細工がされていることは分るが、コレでは原発の良さは分らない。ある研究者の試算によると10円を超えるが、それでも満足なレベルではないのだ。10円を超えるのではないかとは、相当前から指摘されていたことだ。

原発の利点は「クリーン」なことだと言うが、CO2を出さないだけで、CO2よりも危険な放射性物質を出すこと今回の事故で分った。

地球温暖化の原因にCO2排出の人為説をとるIPCCは再生可能エネルギーにより、2050年には世界エネルギー消費量の77%を賄える可能性があるという。世界は大きく自然エネルギーに舵取りをするのか。

これからエネルギー源をどう考えればいいのか。原発はどうなるのか。

原発推進派、脱原発派双方の言い分は尤もな点もあるが、自然エネルギーで大きな発電量を確保するのも大変なことに代わりはない。

私も風力発電に興味があって、山形の山寺に行った帰りに風力発電を見るために立川町に行った。NHKの有名番組「プロジェクトX」で立川町の風力発電が紹介されたのを見ていたからだ。よそから嫁いできた女性が農業をするのに強風に悩まされていた。そこに風を利用した風力発電建設が始まったのだ。

田圃の中、ハゼ道、向こうの丘の稜線に風車が見られた。私が行ったときは、晴天で風はなく風車はまわっていなかったが、初めて見るその光景には感動したものだ。その後房総をドライブして飯岡風力発電所も行った。帰りにカーラジオで風力発電の話を聞いたが、この時バード・アタックの問題が上がっていた。

その後、風力発電の環境問題として、騒音で近隣の住民が悩まされていることを知った。身近で風車が廻る光景も住民にとっては異常な光景らしい。

発電した電力を買い取る電力会社にとっては、稼働率が問題だが、自然現象だから仕方ないことだ。場所によっては送電線の敷設も必要になる。メインの発電ではなく補助的発電だ。

一時停止の浜岡原発も2~3年後に地震や津波対策で安全が確認できれば再稼働の可能性を残している。この動きは定期検査終了後の再稼働を目指す原発にも影響を与えている。自治体の認可が下りない可能性がある。新規立地は論外と思われる。

そのことを考えると原発は徐々に無くなっていくフェードアウトの運命か。

直ぐに全廃にはならないだろうが、原発の「安全神話」は崩れたのだ。原発の危険性、不完全性に積極的に取り組まなければ、国民の信用を取り戻すことは出来ない。



写真左:日本列島「原発と地震」全データマップ 週刊現代5/7,14合併号


写真右:飯岡風力発電所 2005.2.12

2011年5月26日木曜日

福島第一原発事故、チャレンジャー号爆発事故 巨大技術の病根は同じ







巨大地震・津波による電源喪失で、あってはならないメルトダウンを起した福島第一原発、気温低下で材質劣化による爆発事故を起こしたスペースシャトル・チャレンジャー号、これら2つの巨大技術の「安全」を前提にした病根は同じではなかろうか。

福島第一原発は、設計当初には分らなかったかも知れないが、次々に明らかになる巨大地震、津波に対する防止対策をコスト面から遅らせ、「止める」「冷やす」「閉じこめる」ことへの多重防御が疎かになっていた。

NASAも資金確保のため、スペースシャトルは安全で完璧なモノと言うことをPRする目的もあってのことだろうか、技術者の気温低下による打ち上げ延期要請を無視して打ち上げ期日厳守を貫いた。

この2つの巨大技術の事故に言えることは、危険な技術でありながら「安全神話」が蔓延ったことである。また、そのことを誇張することにより事業や計画を推進できたことだ。

原発事故では、その原因調査・検証に「失敗学」の提唱者の畑村先生を委員長とする委員会を立ち上がるという。今まで予算委員会では「言い訳」ばかり言っている菅総理、東電と何やらデータの捏造をやっているとしか思えない政府関係者、会議での発言が気に入らなかったのか訂正させ、「危険性がゼロでない」と言うことは「ゼロと言うことだ」と解説したりして信用を失っている斑目委員長、データがはっきりしない限りメルトダウンを認めず、甘い想定での事故対応で対策が後手後手になった東電、贅沢な資金を受け取って原発推進に協力した御用学者など「原子力村」の村民を相手の調査・検証だからうまく行くはずがない。

おまけに、この委員会には何も法的権限がないのだ。政府の一私的諮問機関だとすると、復興構想委員会と同じで、何か良いことが出てくれば、使っても言い程度の委員会なのか。

一方、米国での1986年のチャレンジャー号爆発事故の原因調査委員会は参考になる。

「ファインマンさんベストエッセイ」(R・P・ファインマン 岩波書店2001.3)によると事故防止方策を大統領に勧告すべく、ロジャース国務長官を委員長に政治家、宇宙飛行士、軍人、そして1人の科学者が選ばれた。ノーベル物理学賞受賞の理論物理学者のファインマン博士が科学者で選ばれた事が、解明できるか、迷宮入りかの決め手になったという。

ファインマン博士は精力的に調査活動し、地上の技術者とも糾弾なく話し合い、原因が気温低下によるOリングの材質劣化であることを突き止めた。このことは材質の劣化が心配される気温低下にもかかわらず、期日を厳守したNASAの面子にも係わる事項で、委員会は握りつぶそうとしたが、博士は後に退かず、結局は報告書の付録として公表されることになった(この項前書より)。

果たして、我が国の調査・検証委員会に、ファインマン博士のような人材が選ばれるかどうか。注目したい。

そして、この付録となったスペースシャトル「チャレンジャー号」事故少数派調査報告では重大な事が指摘されている。

曰く、いずれにせよ非常に不幸な結果を招くことになった。そのうち最も重大な過失は、この危険な機械がいかにも通常の飛行機同様の安全性に達したかのように言って、一般市民の搭乗を奨励したことだ。・・中略・・、ここで勧告したいことは、NASAの幹部達が今後、現実にしっかり目を向け、シャトルの技術上の弱点と不完全さとを十分に理解し、積極的にそれを除去することである(この前書より)。

この事は、原発災害にも言えることだ。政府をはじめ、「原子力村」の村民達は、巨大地震・津波の可能性には目を瞑り、「安全だ、安全だ」と言って本質的には危険な原発の建設に力を入れた。「想定外」という言葉を使えば、どんな危険も回避できると思っていたのだ。

米国の宇宙開発は、新しい宇宙船構想も発表され、宇宙開発にこれからも主導権を握るようだが、原発は、これを機会に見直しの気運が高まっている。

どうなるかは国民の理解を得られるかどうかだが、ファインマンの報告にもあるように、原発の現実にしっかり魔を向け、技術上の弱点、不完全さに積極的に取り組み、除去する事が必要になる。

福島第一原発、スペースシャトル・チャレンジャー号の巨大技術の事故の病根は同じなのだ。


写真左:福島第一原発 TBSニュース23 2011.5.16


写真右:チャレンジャー号爆発 ウィキペデイア ファイルchallenjer explosion

2011年5月25日水曜日

東電・福島第一原発事故調査・検証:「失敗学」で失敗に終わらないように



政府は原発事故調査・検証に委員会を立ち上げ、委員長に「失敗学」の畑村さんが就任するという。そこまでやらなくても分っていると言う政治家もいれば、権限もないのに解明出来るのかと言ったり、記録もなく、関係者の記憶に頼らざるを得ない現状に危惧する向きの多い。

でも、今まで明るみに出ていなかった事象を一つでも良いからあぶり出して欲しいモノだ。「失敗学」で失敗して欲しくないのだ。

畑村さんは、失敗の法則に(1)ある分野で起こった失敗は、必ず他の分野でも起きる、(2)失敗は時間と共に忘れられ、同じ失敗を繰り返すという。1)

そして、現代社会が高度の技術に依存しているために、技術が分野ごとに細分化され、統一的に理解されていないから不必要な失敗が多発する。この現状を打破するために、失敗を通じて学ぶ共有知識を作り、無駄な失敗を避けなければならないと言う。1) 

他人の失敗が身に付くことはほとんど無い。失敗が身に染みるのは、やった本人だけで他人には参考にならないという研究者もいる。化学工場では「類似災害の防止」が安全のテーマになり、他工場の事故を参考に、類似の事故を防止しようという取り組みが以前からやられているが、本当に役に立っているかは分らなかった。

また、ある会社工場で事故が起きると、次から次に他の会社工場でも類似の事故が報告される例が多い。記者が注目して探しているのか、2番手なら社会的批判も小さいだろうと、本来なら隠蔽する事故を公にしているのか。

今回の調査・検証が成功するか、失敗するかは関係者の証言、データの真偽が大きく影響する。「まずいモノには蓋」は日本の文化だが、総理をはじめ政府関係者、東電がどう臨むかにかかっている。

今までの報道からも(1)本部長たる総理が、任せることが出来ず細かいことまで口を出し、周りが右往左往する。何も指示が出ず、解決策が出てこない。大災害でのリーダーのあり方(2)議事録や記録を取っていないので、「言った言わない、聞いた聞かない」の責任の擦り合いになっている。誰が嘘を付き、誰が本当のことを言っているのか。危機管理センターでの会議、会話は自動的に録音されていないのか(3)危機管理センターが動いているのか。政府・東電統合対策室との連携が見えてこない。(4)ホウレンソウが不徹底で、コミュニケーションが取られていない。(5)「想定外」の考えは棄てて、想定できなかった原因を検証すべきだ。(6)地震が起き、津波が起き、放射性物質が拡散した、それぞれの災害拡大にどう対応してきたか、その対応が適切だったか。(7)原子力三原則「公開」「民主」「自主」がどうして守られなかったのか。原子力村は特別な存在にどうしてなったのか、知りたいことは沢山ある。

大事故での原因調査で思い出すのが、1986年1月28日のスペースシャトル「チャレンジャー号」
爆発事故調査でのノーベル物理学賞受賞の理論物理学者ファインマン博士の活躍だ。2)

事故防止方策を大統領に勧告するため、ロジャーズ国務長官を委員長に、政治家、宇宙飛行士、軍人、科学者1人からなる調査委員会が設置されたが、ファインマン博士の存在が調査委員会の成否を決めたという。2)

ファインマン博士は精力的に動き、シャトルのガスケット(Oリング)が低温によって損なわれたことを突き止めた。現場の技術者は危険を指摘していたが、期日厳守のNASA幹部が押し切った。報告書にはこのことは期されなかったが、博士の強い意向で、リチャード・P・ファインマンによるスペースシャトル「チャレンジャー号」事故 少数派調査報告として報告書の付録になったという。2)

ファインマン博士の付録がなければ、報告書は玉虫色のモノになったのだろう。

更に、最も重要な過失は、この危険な機械(スペースシャトル)が、いかにも通常の飛行機同様の安全性に達したかのように言って一般の市民を搭乗させた事だといい、NASAの幹部がしっかり現実に目を向け、弱点と不完全さを十分理解し、積極的に除去する努力をすることだという。2)

我が国の原発の政策上、安全が必要以上に宣伝され、原発の弱点、不完全さを軽視した事に今回の原発災害の根幹がある。政府、原発利権者(推進者)、原発関係者は肝に銘じ調査に協力すべきである。

1)失敗に学ぶものづくり 畑村編 講談社 2003.10.10
2)ファインマンさんベストエッセイ R・P・ファインマン 岩波書店 2001.3.15
                
写真:原発事故調・検証委員長に「失敗学」の畑村氏起用を報じる産経新聞 2011.5.25