2012年10月1日月曜日

100年後も誇れる赤レンガの東京駅がよみがえる

復元工事が完成し開業を迎えた赤レンガの東京駅
2012.10.1

98年前の1914年10月に開業した赤レンガの東京駅が、1945年の戦災でドーム屋根と3階部分を焼失したが、67年ぶりに復元工事を実施し、創建当時の姿がよみがえり100年後も誇れる仕事ができたと工事関係者は胸を張る東京駅が10月1日開業した。

東京駅というと鉄道のゼロ起点だが、歴史的には原敬が暗殺され、浜口雄幸が銃撃された事件は政治のターニングポイントになったと社会で習ったことがある。

東京駅はゼロ基点 この線上
に東京駅駅長室がある
京浜東北線
私が東京へ出てきた半世紀前は、この東京駅丸の内側の広場は、都電・三ノ輪線の乗り場があった。正面に新丸ビル、右に国鉄本社、左に今工事中の東京郵便局があったが今のような高層ビルではなく、大きな空だった。

今は高層ビルが林立し、空は狭い
東京駅の再開発も高層化を避けた
ところが25年前に東京駅周辺を再開発する計画が持ち上がり、高層化に反対した人たちが赤レンガの東京駅を守る運動を始め、JR東日本は駅舎復元を発表したそうだ。 

設計者は赤レンガに拘ったそうだが、創建時のまま残っている鉄骨、レンガの壁、木製煉瓦は兎に角美しい。群馬県富岡市で世界遺産を申請している富岡製糸場も木骨レンガ造りだが建築物としての価値は高い。

今回の工事は、戦災で焼失したドーム屋根の復元、3階部分の再生で1,2階が鉄骨レンガ造り、3階が鉄筋コンクリートで壁は化粧用レンガを使ったという。更に特質すべきことは免震工事だ。10000本の杉の杭を抜いて450本の鉄柱に変え、免震装置を設置し近いうちに発生するであろう巨大地震に備えたことだ。

丸の内南口のドーム内の精巧な干支レリーフ、彫刻は100年前の姿を再現できたというが、よくこれだけの技術を持っている職人さんを見つけたものだと感心する。技術が受け継がれていることにも驚くばかりだ。
南口ドーム内の精巧な干支レリーフと装飾

干支のレリーフ
覆輪目地 左部分
レンガを積み上げた時の目地も特徴がある。覆輪目地と言うらしいが、中央が盛り上がった仕上がりになっており、作業用のコテも新たに作ったようだ。

外壁も修復した個所とそうでない箇所もあるが、全体に美しい復元になっている。

中央の玄関口は一般の使用には供されていないが、記念写真で人だかりだ。



東京駅中央玄関
空地にパイプ状の資材が多数置かれていた。後でわかったことだが開業式のための資材であった。前夜の台風のために準備ができず式は中止になったそうだ。報道関係者には資料が配られていたが一般の見学者にはほとんど資料はない。噂によると500億円もかけた工事なのだからもっと一般の見学者にも資料を配るべきではなかったのか。この500億円も容積率を他のビルに売って捻出したらしい。周辺に高層ビルが建つのも当然だ。

家内が復元工事完成記念展の入場券を貰ってきたので、500円の入場料を払ってTOKYO STATION GALLERYに入った。






レンガ壁 思わず触りたくなる
中では創建時のレンガ壁、鉄骨、戦災で炭化した木製レンガを見ることができた。思わず手に触ってみていると、係員に「触らないで」と注意されたが、こういうものは触ってはじめて理解できると思うのだが。








西暦2012年
ドーム内の柱の上部にADMMXⅡと刻まれていた。西暦2012という意味か。

丸の内のビル街から全体景を見た。ドームの屋根には天然スレートが採用されているが、昨年の3.11東日本大震災でそのメーカーも被災した。当時の新聞では、ほとんど製作が終わった時点の被災だったので工事に支障が出るのではないかと心配されたが、メーカーの人が散逸したスレートを探し集めたらしい。

向かいのビルのウィンドウにもきれいな東京駅の赤レンガの姿が映っていた。日が暮れて照明がつくと更に奇麗だろうと思う。
向かいの新丸ビルのウィンドウに映った
東京駅

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