中央構造線の標本 2005.4.16 大鹿村中央構造線博物館で |
熊本地震の震源が中央構造線を東に移るか。私も中央構造線を見たことがある。今回の熊本地震は別府―島原地溝帯沿いに断層が動き未曾有の被害を被っているが、これが中央構造線断層帯の西端に当たり、この線に沿って震源が東に移動する事を歴史が証明している。
日本経済新聞 2016.4.22に大鹿村中央構造線博物館と 分杭峠、下仁田町を記入した |
日本地図を広げると九州、四国でははっきりとこの線だと分かるが、長野県の大鹿村には中央構造線博物館があり中央構造線を見ることが出来る。勿論標本状になっているが。
2005年の春、高遠の桜を見に行った帰りに国道256号を大鹿村に向かった。道が山中に入っていくと切り立った崖のようなところを走る。地質は脆く所々で崩れている。分杭峠にさしかかると構造線らしい光景が見渡せる。ここはパワースポットとして人気を得ているところらしい。
石ころがゴロゴロした道を下って平地にでると川向こうの崖が大きく崩れている。数カ所崩れたままになっているのに驚く。
大鹿村に入ると両方が切り立った山に囲まれ川沿いに舗装された道路を標識に従って走ると、中央構造線博物館の標識が出ているところを右に入っていく。
すると、大きく崩れた山を背景に博物館が建っていた。
博物館の庭に表示された構造線の方向 |
庭には向こうの峰に向かって構造線の走っている方向が表示されていた。中央構造線上に村が成り立っているが、新聞報道によると、つい最近リニア新幹線のトンネル工事がここから着工されるらしい。
岩盤も脆く難工事が予想されるが、やってみなければならないところがあるらしい。
付帯工事から始めるが、村の人は地質も脆く崩れやすいので計画の変更を訴えていた。黒四ダムでは大きな破砕帯に出くわし、出水で工期が大きく変更されたことがあるのだ。
リニア新幹線のトンネルは、中央構造線を大鹿村で横切るらしい。誰も中央構造線断層帯の地震を経験したことがないからどんなことが出てくるか未知の世界らしい。
博物館の中には地質をはぎ取り、貼り付けられた標本が展示されていた(もう11年も前のことだから記憶がはっきりしないが)。
学術員の男性が「何か聞きたいことはありませんか」と寄ってきた。「地震は起きないんですか」と聞くと「起きません」との返事だったと記憶している。構造線断層帯に沿った地震は発生していないと言うことか。
この中央構造線も諏訪の辺りでフォッサマグナに遇ってからその後が不明だったが、群馬県下仁田町で露頭に出ていることが分かった。
その下仁田でジオパークに申請する話が出ていることを知り、露出しているところを見に行った。
2011年の11月だ。
ここは周りを見渡しても山や川底の岩がチョット違った光景に見える。現場に看板は出ているが、どこが露頭か分からない。町で立ち話をしている男性に場所を問うと「私が案内しましょう。丁度散歩の途中だから」と言って案内してくれた。
川岸に「ここだ」という場所があったが、素人には直ぐには分からない。また、この辺は貝殻や化石の見つかるところでも有名らしい。昔は海の底か。
大北野ー岩山の大断層 2011.10.30 下仁田町 |
チョット昔になるので記憶が曖昧なところもあるが、中央構造線はこの下仁田町の下を通って鹿島灘の方へ抜けているのだ。教科書でそこまで表示されるようになったのはつい最近と記憶している。
西の方はいろいろ研究されているから所見があるが、東の方は研究が遅れていた結果だという。
日本を東西に分けるのがフォッサマグで、南北に割るのが中央構造線か。あの右京さんのベストセラー「日本沈没」も中央構造線がヒントになっているのか。
下仁田の現場に表示された中央構造線の図示 下仁田にて |
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