朝日新聞(2025.9.1)の「朔」「多党時代を予期していた細川氏の目」が目に留まった。細川さんは日本新党を立ち上げ、時は新党ブームで1993年の選挙で自民が第一党になり過半数を割った結果、宮沢内閣に代わり新生党、さきがけ、日本新党など8党派で細川連立政権が樹立した。内閣支持率は驚くべき71%で、国民の期待は大きかった。
一党独裁政権を続けていた自民も政治改革などで内部分裂を起こし国民の信頼を失った。それに代わり価値観の異なる政党が林立し、新党ブームを起こした。「政治とカネ」「旧統一教会問題」などで酒豪権争いを見せる自民党、一方参政党、国民民主が議席を伸ばしたほかに新しい政党が出てきた。
当時の政局と今の政局は似ていないか。
しかし、細川内閣も長続きしなかった。政治改革として小選挙区比例代表勢導入によりいつでも政権交代できる二大政党制を目指し、唐突な国民福祉税の発表で政権は内部分裂、おまけに細川さんのスキャンダルで羽田内閣を経て自社さ連立の村上政権ができた。スキャンダルは自民党が掘り起こしたと言われていたが、その結果政権にたどり着いたのだ。
細川さんは小選挙区比例代表制導入で、政権交代できる二大政党ではなく、多党化時代を予想していたというのだ。
今の政局がその通りに動いていないか。
自民公明がどの政党と組むか、連立政権はむずかしい。うまくいかなければ内部分裂で政局になる。「政治に空白」の恐れがあるがそれは主導権争いの結果ではないか。
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