2012年12月6日木曜日

衆院選・選挙情報:民主で「前へ」は駄目、もう一度自民に「戻す」か

朝日新聞 2012.12.6
衆院選・選挙情報、民主で「前へ進む」のは駄目、もう一度自民に「戻すか」と有権者は思っているのだろう。6日の朝日新聞は「自民、単独過半数の勢い 民主100議席割れ」、読売新聞は「自民、過半数超す勢い、民主苦戦」で同じ論調だ。民主党・野田総理は、「前へ進むか、後退するか」、自民党・安倍総裁は「日本を取り戻す」と力強くこぶしを振り上げる。

有権者は、民主は期待外れで「前に進むのは無理」、自民で「日本を取り戻してほしい」と判断しているのだろうか。凡そ自民過半数越え、民主100議席程度、維新の会50議席、未来15議席の情報分析だ。

読売新聞 2012.12.6
これでは、16日の投開票速報でのキャスターのコメントが分かる。

「○○大臣 ○○さん落選です」。
「○○党の○○さん 当確で返り咲きました」。
「○○大臣の○○さん、伸び悩んでいます。われわれの出口調査では苦戦です」。
「維新の会、大阪では議席を伸ばしていますが、それ以外ではあまり伸びません」。
「日本未来の党は、どうしたんでしょう。公示間際のどさくさ劇が影響しているんでしょうか」。
「自民党は議席を伸ばしていますね。これでは過半数を超え勢いです」。
「民主党は、3桁行くかが課題でしょう」。

「私たちの出口調査、情報分析からシミュレーションすると、このようになります」。

各党の選対本部の状況は、自民党総裁、幹事長など皆がそろって明るい笑顔だが、民主党は副総理、幹事長、幹事長代行などは渋い顔、維新の会、未来の党はバラの数が意外と少ない。

こんな状況が見えてくる。

ところで、政権公約のお題目は良いが、どのように目的を達しようとしているのだろうか。

財政再建と財政出動、相反する目的に見えるが日本経済再生には必要なのだ。それにデフレ脱却が加わる。日銀へ更なる金融緩和を要求し、日銀法の改正も念頭にあるようだが、日銀は抵抗している。政治がやらないとダメなのは規制緩和であるが、具体的にどうするかを提案している党はない。

日本維新の会の公約の経済・財政を見た。さすがに多義にわたって論じられていると思うが、正確には把握できない。専門家でないとなかなか理解できないのではないか。

原発問題も脱原発といえば、10年以内に卒原発、2030年代までに脱原発依存、さらにはシミュレーションして見て考えるとか脱原発は現実的ではないといろんな考えが出されているが、政権に近い政党ほど慎重な言い回しだ。

TPPも積極的な交渉参加からトンダウンした民主党、聖域なき関税撤廃を前提とする限り交渉参加に反対の自民党、第三極も賛成、反対と分かれている。

候補者はどう考えているのかと思ったら、公約は尊重するが、納得できない項目は自らの考えを主張すると言うのが、民主党で68%、自民党で71%、持論重視派が多いが、第三極では公約に反する政策は主張しないのが46%もいるという(読売新聞2012.12.3)。

結局は、まずいことは避けて通ろうとしているのだ。メデイアは「「苦い薬」も主張しろ」と言うが、当選したければ背に腹は変えられないのだ。

私の選挙区でも候補者のポスターが掲示板に張り終わった。候補者は、それぞれの政党をはっきり分かるように印刷しているが、民主党候補は左下の箇所に切手の大きさでの印刷だ。何やら所属政党を隠そうとしているようだ。

それだけ、民主党へは「期待はずれ」での逆風が強い。

結局、候補者、政党の選択は「悪さ加減の少ないのは誰か」と言うことになるのだ。










2012年12月5日水曜日

公約としての憲法改正:統治機構改革か、政策の差別化か、それとも選挙後の連携か

改正に厳しい条件が規定
されている日本国憲法

政権公約として憲法改正を謳う政党が出てきた。統治機構改革か、それとも政権公約の差別化か、それとも選挙後の連携か。憲法は国の根本体制で基本法だ。それだけに我が国の憲法は硬性憲法で改正には厳しい条件(発議→国民投票)が規定されている。それでも憲法改正を謳うのは統治機構の改革狙いか、それとも言われている「押しつけ憲法」への対応なのか。

主要政党の憲法に対する対応を比べると、民主党は現憲法を生かし、国民主権、基本的人権を尊重する護憲を謳えば、自民党は憲法改正、国防軍保持、自衛権の発動と積極的で、日本維新の会も自主憲法制定、首相公選制、参院廃止、日本未来の党は直ちに改正を行わなければならない課題はないとして改正には反対だと言う(朝日新聞2012.11.30)。

立候補予定者を対象にしたアンケート調査でも、改正賛成61%、反対37%(讀賣新聞2021.12.3)で2000年衆院選以降、5回連続で改正が反対を上回ったという。

現憲法については、「押しつけられた憲法」という発想から、この辺で我が国自身による自主憲法制定を主張する者も多い。しかし年配の憲法学者は決してそうではないという。連合軍から明治憲法に代えて新憲法を作成するように命ぜられ、素案を作って提出したが民主化が不十分と判断され、逆に連合軍が提案した憲法案を検討し採用したそうで、その時は専門家により、しっかり検討され決して「押しつけられた憲法ではない」と言うのだ。

では、日常生活で憲法に何か不都合でもあるのか。

14条の「法の下に平等では、1票の格差問題、育児などでの女性の社会進出の差別、同一内容の仕事でも賃金に差がある。第25条の健康で文化的な「最低限度の生活を営む権利」、「国の社会保障的義務」、第27条のすべての国民は勤労の権利を有する「勤労の権利義務」などでは、憲法の理想には遠く社会問題化している面が多いのは確かだ。

逆に、行政面、統治機構に関しては問題が多い。この面から憲法改正の必要が訴えられている。

例を挙げれば、「中央集権の打破」を目指した地域主権と最終的には道州制導入、「議院内閣制」に替わって首相公選制、「政治の停滞の要因になっているねじれ国会対策」での衆参統合・一院制導入、公務員改革、「保有しているが行使できない」集団的自衛権の行使、国防軍の設置、天皇の国家元首などだ。

しかし、多くの場合憲法改正が必要だが、現憲法は硬性憲法で厳しい改正手続きが必要だ。

96条(改正の手続き、改正憲法の公布)では、「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が発議し国民に提案してその承認を経なければならない」と規定されている。

ところが、国民投票法は自民党時代に安倍政権で成立したが、各議院の三分の二は条件として厳しすぎるとして、二分の一に代えようという考えもある。確かに二分の一では可能性が高くなるが、その改正の根拠にこの第96条を考えているらしい。

でも、第96条の改正を第96条に根拠づけることには無理がある。それだけ改正は難しいのだ。

況んや革命でもないのに、新しい憲法制定などどうして出来るのか。

自民党の憲法草案を以前読んだことがある。天皇を国家元首にすることから始まって大幅な書き換えだ。

自民党や日本維新の会は、どういうプロセスで改正、制定しようとしているのか。

あるいは、憲法改正公約を選挙後の自民党・日本維新の会の連携(連合)のきっかけにしようと企んでいるのか。

統治機構の改革を訴えるのであれば避けて通れない憲法改正であるが、国の根本秩序を代えることであり、容易ではない。

それには憲法論議をしっかりやった後でのプロセスを検討すべきだ。

2012年12月4日火曜日

小選挙区制から中選挙区制へ:復活当選、劇場型政治に「さようなら」を


今回で小選挙区比例代表並立制の選挙制度を改革しないか。小選挙区で落選した候補者が復活当選する怪、無党派層に支配されやすい劇場型政治による政党の獲得票数割合以上の議席獲得、カネのかからぬ選挙と言いながら後を絶たない「政治とカネ」の問題。二大政党による政権交代しやすい選挙制度と謳われていたが、弊害の目立ってきた小選挙区制から政治の多様化に答えるためにも中選挙区制へ再改革出来ないか。

今回の衆議院選挙では、12の政党から1492人が立候補した。民主党離党者に始まる政治家の離合集散で政党数も15→14→12とめまぐるしく変わった。今回も離党者、新党候補者などの選挙区には「刺客」が送り込まれメデイアの話題にもなっている。

消費増税、TPPなどで劣勢の民主党、政権奪還を目指す自民党の優勢が伝わる中で、民主党は小選挙区候補者267人全員を重複立候補させ、自民党は326人のうち重複立候補は277人だ。

16日の投開票では、午後8時の開票開始と同時に「○○大臣 ○○さん落選」、「○○党 ○○さん当選確実で返り咲き」なんて言う速報が相次ぐかもしれない。

民主党が全員、重複立候補したのは、それだけ劣勢だからだ。しかし小選挙区で「NO」を突きつけられた候補者が復活するとは、民意をどう考えているのか。自民党では比例当選を恥じて、改めて補欠選挙で選挙区当選を目指したしたベテラン議員もいるほどだ。選挙区を持たない議員の悲哀だ。

野田総理はインタビューで「負けたらどうするのか」と問われ、「負けた前提の話をするのは同志に申し訳ない」と言ったそうだが、自らの重複立候補には多くを語らなかったようだ。

社会保障と税の一体改革、消費税増税に政治生命を賭け、未成立ならバッジを外す覚悟をしていたのだから、小選挙区で敗れれば潔く退くべきではなかったのか。

民意を無視した救済制度、互助会制度は廃止すべきである。

今回の政党の多様化、政策の多様化に答えるには以前の「中選挙区制」に戻すべきだ。

細川政権で小選挙区制が導入されたときに、自民党総裁だった河野さんが述懐、反省していた新聞記事を思い出す。

当時、細川政権で「政治とカネ」の問題が議論されていたが、それがいつの間にか選挙制度の話にすり替えられ、政権交代の可能な二大政党制を目指す小選挙区制の導入になったそうだ。河野さんは、それを悔やみ中選挙区制への改正を強く主張していた。

死票が多く出る、ポピュリズムに走りやすい、政治の多様化に答えられないなど小選挙区比例代表並立制の弊害が上げられている。

また、「1票の格差」問題も最高裁から違憲判決を受け、弁護士グループが今度は選挙それ自体を阻止する「差し止め訴訟」を提起したが、東京高裁、最高裁で却下された。

当然の判断だと思うが、議員定数削減と併せて選挙制度自体を見直す事も必要で、来年の通常国会で結論を出すべきだ。野田総理の解散発言の時の条件にも上げられている政治課題だ。

今、国会議員の資質も問われているが、これが国民(有権者)の資質を反映しているのだ。

ここらで、毅然とした判断を有権者がすることが、国会議員の意識改革に役立つと思う。

政党の政権公約も不明確な点もあるが、選挙区での候補者の公約をしっかり確認し、国政を託せる人材を国会に送るべきである。


2012年12月3日月曜日

政権公約:党内不一致は、早くさらけ出せ

各党は、政権公約上の政策の不一致を早くさらけ出すべきだ。既成政党もさることながら、急ごしらえの離合集散で立ち上げた政党では、解釈上の不一致はあるはずだ。党内の特定の人間が立案したものならば、党内で統一解釈されていない場合がある。

特に数次の政変を経験したベテラン議員は、今は選挙前で我慢しているが、いつかは反対意見が顕在化するはずだ。そうはいっても第三極ではすでに顕在化している。

今回の選挙での重要政策では、各党が差別化するために、表現が複雑になっている。特に「脱原発」では、各党でどういう位置づけになっているかわからないが、原発ゼロまでの工程に違いが出ている。

石原、橋下、松井の3氏が率いる「日本維新の会」では、党首討論で記者から「2030年までにフェードアウトするのか」と聞かれた石原代表は即座に否定し、書き直すというが、松井幹事長は「まだ代表には説明していないが、わかってもらえるものと思う」とコメントしていた。

ところが橋下さんは「政策実例に書かれた内容は、公約ではなく議論のたたき台であって、まだ変わる」と説明した。

日本維新の会では、原発への対応が党内でどういう位置づけになっているのか知らないが、キーパーソンで見解の違いがあるのは、まだまだ検討不十分といったところではないのか。

日本未来の党も今は嘉田代表でまとまっているように見えるが、小沢、亀井、山田と論客はそろっている。選挙後に異論が続出するのではないだろうか。亀井さんは、小沢さんが導いていた頃の民主党のマニフェストをどう評価していたのか。

第三極の一翼をになう「みんなの党」のアジェンダ重視は立派なものだ。他党からの合流話も政策の一致が重要との姿勢を貫いたのも評価すべきだ。

一方、二大政党の一つ、自民党はどうか。安倍総裁の国防軍、憲法改正、金融緩和政策に異論を呈する動きもあるが、派閥の領袖クラスのおおきな発言が余り見当たらない。

今はダンマリで、政権奪取後にいろいろ意見が出てくるのだろうか。

政権党の民主党は、踏み絵で反野田派は出て行き、純化路線をとっているようだが、まだ党内には反乱分子がいる。選挙後にまた騒ぐのではないだろうか。

まず、選挙が終わってからでは有権者を騙したことになる。

投票日までに、政権公約に対する考えを発するべきだ。

有権者は、それぞれの選挙区で、各党候補者が政権公約に「どういうスタンスを取っているのか」を確認するのも必要ではなかろうか。身近な選考基準となると候補者の人物本意になるのだ。

また、党の政権公約、候補者のそれぞれの公約を見比べて、この人なら国会議員に支払う諸経費である1億円/年の価値があると思える人物を真剣に選ぶべきだ。




2012年12月2日日曜日

地方vs中央官僚機構:自治体首長の国政関与の是非


地方vs中央官僚機構は自治体首長の国政関与の様相を呈し、その是非が問題になってきた。地方行政を推進する中でネックになるのが中央官僚機構による規制の数々で、このハードルを乗り越えるには石原さんが言うように「中央官僚機構の打破」しかない。

自民党政権時代から行財政改革、無駄削除でよく言われていたことは、縄張り、縦割り行政、国と地方の二重行政、行政の硬直化、地方交付金のあり方が上げられる。

熊本県知事を辞めた細川さんが雑誌の対談で、行政の不都合な例として上げていたことで「バス停を10m動かすのに2年かかった」と言うのを思い出す。

こういった行政を改革しようと、細川さんは「日本新党」を立ち上げ、当時自民党を離党して政党を立ち上げていた議員たちが連立の細川政権を樹立した。今から16年ほど前の話だ。

そして今、既成政党に加えて自治体首長が関与する政党が参戦してきた。

大阪市長の橋下さん、前東京都知事の石原さんの「日本維新の会」、滋賀県知事の嘉田さんが代表の「日本未来の党」だ。

石原さんは、任期を大きく残して辞任しての国政進出だが、橋下さん、嘉田さんは在職のまま国政に関与する。

石原さんは、もう都政には興味がなくなったのか。キッパリ辞任しての国政進出で、中央官僚機構を打破するには、こまごました政策よりも小異を捨て大同団結が必要と訴え、「太陽の党」を結成したが強引に橋下さんの「日本維新の会」と合流し、「太陽の党」を解党した。

嘉田さんは、小沢さんにどう言い含められたか知らないが、「卒原発」を謳って「日本未来の党」の代表に付いたが、党の実態は小沢さんの「国民の生活が第一」におんぶにだっこで、小沢新党がまた変身したのだ。

2人ともに政党の代表あるいは代表代行との兼職であるが、首長と国会議員の兼職は禁止され、橋下さんが言うように兼職禁止が解かれれば国会に進出したい首長はいるかもしれない。

ところで、自治体の首長でありながら政党のトップにつき国政に関与する過酷な(?)職務を遂行する時間的、肉体的余裕があるのか。

石原さんは、2/週しか登庁せず、特別秘書が行政に当たっていたことがあり、前前回の東京都知事選では対立候補が「私は毎日登庁する」と公約したほどだ。これだと時間的余裕はあるが、こんな事で本当に都政をやっていたのかと疑問に思う。

橋下さんは自ら「大丈夫だ」という。嘉田さんはどうなのか。むしろ政党の仕事はお飾りの代表で小沢さんが党務を牛耳るのであれば、県知事としての行政は出来そうだが、政党業務では国民を裏切ることになる。

市民、市職員や県民、県職員はどう考えているのか。

嘉田さんは、「自治体運営の経験者が国政に繫がることは価値があること」と考えているようだ。山田京都府知事は「地方の声が国に届いているか焦燥感がある」とこうした動きの背景を説明する(京都新聞 2012.12.2)。

一方で、門川京都市長は「首長は地域密着の仕事で忙しい。兼職は無理だ」というし、滋賀県議会は知事辞職を求める声も出ているという(同上)。

市民の税金から給料をもらって、国政の仕事をやって良いのかという意見も出てくるだろう。選挙ともなると平日に市長の仕事をほっぽり出しての国政選挙になる。

恐らく、「大阪都構想」のためにやっているのだと抗弁も出来るが。

要は、国会議員がだらしないから霞ヶ関の官僚機構、特に財務省を政治主導できないのだ。連合を支持団体にする民主党政権にあっては、ほとんど不可能なのだ。

行財政改革、公務員改革を強力に推進できる政権ができない限り、自治体首長の不満は募るばかりだ。

日本未来の党:小沢新党の変身、最後の賭けに出たか


小沢新党変身で最後の賭に出たのか。誰が見ても唐突感のそしりを逃れなかった嘉田代表の「日本未来の党」の結成であったが、噂通り、やっとその経緯が分かってきた。小沢新党の変身なのだ。小沢さんは批判が大きく、民主党が見直しをした2009年の民主党マニフェストの主要テーマにあくまでも拘り、汚名の挽回をしたいのだろう。

それに石原新党結成に政治生命を賭けていたが、石原さんと袂を分かった亀井さんも生き残りを賭けて新党「日本未来の党」に参加した。 

新鮮さ、クリーンさを見せた嘉田「日本未来の党」を裏で操る存在になってきた。嘉田さんは小沢さんを「苦い薬」と言って笑う。「小沢さんの力を利用しない訳がない」とも言い、党の事務局、役員人事もすべて頼る結果になった程、急ごしらえの政党なのだ。

代表代行に「日本維新の会」とも関係があった飯田さん、副代表に小沢さん側近の森さん、山田元農相、社民党を離党した阿部さんが決まったという(讀賣新聞2012.12.2)。

離党したベテラン議員の受け皿・政党になってしまった。

2日の民放テレビの情報番組で小沢―嘉田会談が報じられ、嘉田さんが「小沢さんからのバトンタッチ」と言えば、小沢さんは「思う存分にやってください」という意味の発言をしていた。「国民の生活が第一」から「日本未来の党」に変身したのだ。

小沢さんは、何故、嘉田さんを担いだのか。

嘉田さんと言えば、環境問題、クリーンさ、女性知事というキーワードに加えて、大飯原発の再稼働問題、万一事故が発生したときに滋賀県にも汚染が広がると言うことで「脱原発」にも軸足をおいてきた。

小沢さんも「脱原発」では反省がある。

3.11東日本大震災、福島第一原発事故では、選挙区が被災地になったにもかかわらず、被災地にも入らず、復興にも力を発揮しなかったと言うことで批判が高まった。その反省から「脱原発」にも言及せざるを得なくなった。

選挙も控えて嘉田さんの「卒原発」が必要になったのだろう。

その嘉田さんの「卒原発」も迷走し、党内不統一をさらけ出している。

メデイアの報道によると「再稼働を認める」と誤解されかねない発言をして、党内から「党の存在を否定するものだ」との批判を浴び、「再稼働は否定」と訂正する記者会見をする始末だ。

それでも「エネルギーの安定供給にも関連する問題」と言わざるを得ないのは、滋賀県知事として実際の行政に責任を持つ立場からなのだろう。

日本維新の会でも、石原代表と考えの違いが露呈し、腰が定まらない事では変わりはない。

このような状態で第三極を目指す「日本維新の会」、「日本未来の党」が国政でキャステイングボードを握る期待が出来るのか。

このままでは小沢さんや亀井さんなどのベテラン議員、生き残りを賭け右往左往する前議員がフェードアウトする姿しか見えてこないのだが。

2012年12月1日土曜日

脱原発:単独テーマでは扱えない理想と現実


原発に対する各政党の政策は多様だ。単独テーマでは扱えない理想と現実が入り乱れる。東電福島第一原発事故から考えると、国民の生命の安全、生活環境(国土)の保全は揺るぎない喫緊の課題であり、各原発施設の下や付近に断層が存在することが指摘されれば尚更のことだ。

しかし、脱原発には理想と現実がある。

政権公約での新聞記事、テレビの討論を見ても政権に近い政党は慎重な姿勢であるし、政権から遠い政党ほどはっきりして「NO」だ。各党の代表が出席したテレビ討論を聞いていても、喧喧がくがくで収拾が付かない。

しかし、考えなければならないことは、日本経済再生との関連で議論すべきではないか。国民が望む政策課題のトップは経済再生、雇用の創出である。

その現実問題から、専門家(原子力規制委員会)が安全と判断した原発は再稼働する。新設で着工した施設は続行である。そして原則40年で廃炉する。核のゴミ処理は続行、原子力技術は確保すると言うことになる。

今、大飯原発で再調査が要求されているように、活断層の真上に重要施設が建つ原発は、法基準違反であり即停止だろう。

さらに、まだまだ分からないことがある。

本当に電力は足りているのか、不足しているのか。電力会社の発電量の計算根拠がはっきり示されていないので分からないが、今夏の関西電力では原発なしでも足りていた

日本維新の会は当初、脱原発を言っていたが、実際問題として夏の電力不足が問題になると再稼動容認した。政治に携わり国民生活を確保するには苦渋の決断だったのだ。しかし、実際には原発がなくてもやっていける結果になった。

橋下さんは、この容認判断を反面教師として、覚えておこうと言う。この例から原発はなくても電力はまかなえるという主張に、テレビ討論に出た松井幹事長は「これは結果論だ」と牽制した。

先日(30日)の党首討論会での主要政党の主張も「2030年代に稼働ゼロ」、「10年後に原発を卒業」、「シミュレーションの中で原発の淘汰を考える」、「ゼロにすると軽々には言えない」など脱原発への表現は違っている(讀賣新聞2012.12.1)。

しかし、エネルギー政策、TPPもそうだが日本経済再生、経済への影響とも関連して考えなければならないのではないか。

原発依存30%というが、電力は本当に不足するのか、それとも満たしているのか。

代替エネルギーは、今後ともに信頼性があるのか。再生可能エネルギー開発の負担分も電気料金に加算されている。先進国のドイツでは消費者負担が課題になっているという。

実際の発電コスト、電気代はどうなるのか。原発再稼働が出来ない事による火力発電で原油の輸入量が増えた分、電力会社は一斉に値上げ申請している。

経済産業相は、何を思ったのか、「そもそも電力料金は低いすぎた」との発言が新聞に載っていた。

その電気代が国内生活、産業などに及ぼす影響はどうなのか。企業の海外への進出の加速、国内雇用の減少による国内経済の空洞化が進まないか。

そして、原発施設に関わる活断層の存在だ。今も敦賀原発で浦底断層が活断層でないかと調査され、10日に評価会合が開かれ、活断層であれば再稼働は出来ないというニュースが流れている。

法基準での再稼働の見直し、情報公開の徹底、原発という危険な設備を稼働するに当たっての企業の安全体制の強化も大事だ。先日も東電が厳重注意されていた。

私は、日本維新の会の石原代表が言う「シミュレーションの中で原発を淘汰していく」案に賛成であるが、今後10年、20年は巨大地震の心配はないのかと言われれば、確信は持てない。

どっちにせよ、各種シミュレーションで国民の納得する資料を公開すべきではないか。ただし放射能飛散予測に見るようにデータ入力ミスなど論外だ。