新聞報道によると小選挙区制導入30年、今選挙区制度を議論する与野党の協議会が開かれ、当時細川首相と合意した河野自民党総裁が招かれ、意見を述べたという(朝日新聞2023.6.20)。
河野さんは、政権交代可能な2大政党制を掲げたが「当時の想定と大きな差がある」と振り返ったというのだ。小選挙区制は一つの選挙区から1人を選ぶ。だから与党か野党を選ぶことになるが、不思議なことに比例代表制もとるので、小選挙区で落選しても比例区で復活する議員もいるのだ。だから何のための選挙かわからなくなるが、著名な議員がどちらにも落選することもある。
今まで2度の政権交代があった。自民党から民主党への交代は自民党長期政権で政界、官界に不祥事が多発し、有権者が「この辺でこらしめてやろう」と考えての交代だった。わずか3年ほどで再び自民党政権へ。その後は自民一強政権が続き、逆に野党は分裂続きで政権交代の可能性は低い。
「政治改革」というと「政治とカネ」の問題が大きいが、相変わらず当選後、大臣に就任しても責任を追及され辞任する事例が多い。有権者も候補者を十分にhyプ化することができないのだ。
思い出そう。中選挙区制の時を。
私は群馬3区に住んでいた。高崎市、安中市などが選挙区で候補者には後に総理に上り詰めた福田氏、中曽根氏、小渕氏の3氏のほかに社会党の書記長をやったことのある山口氏がいた。そうそうたるメンバーが選挙戦を戦った。福田、中曾根両氏がトップを争い、最下位が小渕さんだった。ある時中曽根さんが総理を狙っていた時、各地区で実施された演説会で「私は小渕さんに負けるわけにいかないのです」と発言したことが翌日の新聞に出ていた。
有権者は56万人、投票率は70%を超えていたと思う。小渕さんは「福田さん、中曽根さんの谷間の小渕」と遊説カーで笑いを取っていた。
それが小選挙区制になり、1区中曽根、2区堀越、3区笹川、4区福田、5区小渕になった。5区の小渕さんは娘さんの優子さんで選挙区の増減で山間部、田舎を選挙区にしている。小渕優子さんは選挙に強いということで自民党内でも総理の女性候補者、要職についているが、田舎の選挙区で世襲で小渕さん以外にめぼしく、これといった候補者が出てこないのだ。
新人、若手が出てこない。世襲が強い。小選挙区制は多様性にかけ、政治に活気を取り戻すことは無理だ。
懐かしい中選挙区制に戻すべきだ。自民党の中にもリベラル、保守層が根を張り、多様な政治が期待できるのだ。
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