毎年「原爆の日」が来ると思うことがある。E=mc2を提案したアインシュタインが居なかったら、ロスアラモスで原爆開発を主導してオッペンハイマーが居なかったら、ルーズベルト、トルーマンが大統領出なかったら、あの広島、長崎の悲劇は起こらなかったのではないか。
米国の原子爆弾開発の経緯をすることができるのは「E=mc2 デイヴィット・ポダニス著 世界一有名な方程式の伝記 早川書房 2009.7」だ。何回か読み直した。
アインシュタインのE=mc2はある条件の下では物体は自分の質量をエネルギーに変換放出する。質量とエネルギーは党化であるという主張だ。それに関連する研究は当時出始めていた。コンゴの金属にそれが見いだせるというのだ。
そして米国はアインシュタインの提案で原爆の開発を加速することになる。ロスアラモスでオッペンハイマーをトップにプロジェクトが進んだ。オッペンハイマーは必要な時は原爆の使用に賛成する立場だったという。B29に原爆を積み込むとジはその監督にあたった。
しかし、マンハッタン計画に携わったというのとで、その後すべての仕事を失ったという。当局の監視が厳しかったともいう。
アインシュタインはドイツに遅れを取っていることを危惧し、ルーズベルト大統領に原子爆弾開発をアドバイスした。実際に使用はトルーマン大統領だった。
第2次世界大戦の潜水艦による封鎖の強化か、進撃を準備中のロシアに任せるのが現実的手段だったが、トルーマン大統領の顧問団は「爆弾は日本に対して可能な限り早期に使うべきであり、労働者に住居に近い軍需工場を狙うべきである。事前に警告することなく攻撃すべきである」と助言したという。
アインシュタインが主要な役目を担ったのかと思っていたが、アインシュタインは原爆製造のプロセスには関与していなかったらしい。大統領に開発をアドバイスし、コンゴ産のウランが高品質出ることを助言しただけらしい。
広島、長崎での巨大な「キノコ雲」が現れたとき、E=mc2は地球に及ぼす最初の大仕事となったのだ。
こういった人たちがいなかったとしてもその後表れてくるだろう。広島、長崎の悲劇は起きなかったかもしれないが、違った格好でどこかで起こっていたかもしれない。
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