2012年10月12日金曜日

経済学は社会に貢献しているか


経済学は社会に役立っているのか。ノーベル賞受賞者の発表があるこの時期になるといつも思う。医学生理学賞、物理学賞が人類に貢献しているように思える一方で、サブプライムローン問題、リーマンショック、ギリシャに始まった財政破綻問題と世界的な経済危機が続くが、早期に予測して回避することができなかったのか。そして長期の不況から脱出する政策を経済学は提案できないのか。

以前、市民メデイアのオーマイニュースに「経済学は役立っているのか」という同じような内容の記事を投稿したことがあるが、「わからないことはないが、チョッと厳しすぎないか」とコメント欄に書きこまれたことがある。

ところが朝日新聞(2012.10.11)の「カオスの深淵 危機読めない経済学」というタイトルの記事が掲載され、エリザベス女王が「どうして危機が起きることを誰もわからなかったのですか」と尋ねられたことがあるというのだ。

それによると、2008年11月ロンドン大学経済政治学院の新築ビル開所式にエリザベス女王が招かれてのことだったそうだ。

学者や実務家が集まって討論し、「金融市場や世界経済について多くの警告はあったが、分析は個々の動きに向けられ、大きな絵を見失ったことが頻繁にありました」と女王に報告したそうだ。「誰も全体を見ていなかった」というのだ。

サブプライムローン問題では一部の経済学者はこんなものが長続きするものではないと警告を発していたし、リーマン・ブラザーズ破綻の時も実体経済に影響は小さいという意見が多かったが、直ぐではないが実体経済に影響してくるという意見もあった。当時の日本政府も、与謝野さん(何大臣だったか忘れた)は、ハチがチクッと刺したぐらいだと実体経済への影響を心配していなかったほどだ。

時が経つうちに実体経済への影響が出てきて、多くの経済学者、アナリストたちが警告するようになった。

一方、経済政策で貢献した経済学者もいる。20世紀初めの世界大恐慌から経済を復興させたケインズだ。デフレ、失業対策には政府の積極的な財政出動が必要だと説いた。今も十分に役立ちそうだが政府債務問題で緊縮政策が横行している。ノーベル経済学賞受賞学者のクルーグマン教授は「今は財政出動の時」と声を張り上げているが採用する政府はなさそうだ。


経済政策を論ずる時は、2つの立場がある。「供給サイドか、需要サイドか」だ。供給サイドは規制緩和や民営化で「小さな政府」を目指す政策、一方の需要サイドは公共事業や減税などで景気を浮揚させる「大きな政府」を目指す政策だ。米国の大統領選でもそれぞれ立場が違っている。

でも今はどちらか明確に分かれるのではなく、良いとこ取りのゴッチャ混ぜになった政策になって来ているのではなかろうか。

一時、経済の循環サイクルがはやった時がある。技術革新、資源開発で50年周期を提案したのがロシアのコンドラチェフだ。在庫投資の循環サイクルで40ヶ月周期がキッチンサイクル、設備投資の循環サイクルで約11年のジュグラーサイクル、建設投資で22年周期のクズネッツサイクルがあった。しかし今は聞かれない。

経済構造が変わってきたのだろう。

経済を混乱させているのには、人間の行動も大きく関わってきた。

今の金融危機の発端は、米国のサブプライムローンを元に証券化した商品が暴落したことだが、この証券化された商品を扱う企業に高い格付けをしていたのが格付け会社なのだ。日本の金融審議会で格付け会社の責任が追及されたが、「改善すべき点は多々ある」と釈明していた。

格付け会社は、政府債務問題に絡んで、各国の国債を格下げする動きにあるが、責任という観点からも規制を強化すべきではないか。

円高、株価の動きも激しい。今はコンピューターで瞬時に売買し、小さな利ざやでも大きく儲けるようになっている。各社が同じようなプログラムを提供するものだからチョットしたことで大きな動きになる。

確か歴史のある十文字屋証券だったと思うが、今のコンピューター取引にはついて行けないと証券業を廃業した。昔は最後の判断は人間がやったが、コンピューターには人間の感情などわからない。
                                                                                                                             

現在の経済は、政治が大きく関わっている。投資家は政府のコメント、政策でリスク・オンか、リスク・オフかを決め、それが為替、株価に影響を与える。

政治がモタモタし政治機能不全と市場が見ると、国債下落→長期金利の上昇になり世界経済に影響を及ぼす。今危機に瀕しているのは経済規模の小さい国であるが、これが規模の大きい国になった時は世界経済は混沌としてくる。世界大恐慌も現実になってくるのだ。

慣習的な経済の知識に頼る慣習的な経済政策の中に生活の改善の期待をかけることの危険を人々は思い知ることが重要なのだ(経済学の神話性 E.J.ミシャン ダイヤモンド社昭和62年8月)。

多くの経済学者、アナリストが同じ経済指標を見ながら、それぞれ異なった経済見通しを述べている。今までのデータをどう読み、これから出てくるだろう変化をどう読むかで結論は違ってくるのだろう。エコノミストの数だけエコノミストの予想がある。

予想は、反対から読むと「うそよ(嘘よ)」ということになる。「専門家の予測はサルにも劣る」(ダン・ガードナー 飛鳥新社 2012.5)という本が出ているほどだ。経済学者、アナリスト、証券会社のチーフ・エコノミストらがメデイアで経済予測を発表するが、外れていても責任は問われない。言い訳をしたり、臆面もなく次も出てくるのだ。

エリザベス女王への報告にあったように、金融市場や世界経済の分析は個々の動きに向けられて、誰も全体を見ていなかったことになるのだ。

だから、エコノミストの議論が常に正しいというわけではない。エコノミストの理路整然とした論議は、経済が3次元の立体だとすると、その立体の一つの切り口にすぎない。見当外れに終わる確率が高いとみて良い。この切り口の角度が違うために、同じ問題に対するエコノミストの見解が違うのだ(ランチタイムの経済学 ステイーヴン・ランズバーク 佐和隆光 ダイヤモンド社 1995.5 監訳者序)。

そういう目で、これから経済学者、エコノミストの解説、論評、予想を読んでいこうと思う。

ところで、11日のG7財務相・中央銀行総裁会議では財政再建と持続的な経済成長の両立を目指すことが確認されたそうだ。エコノミストに役立つ提言をしてほしいものだ。

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