2013年7月20日土曜日

東電・福島第一原発大惨事:防潮堤をかさ上げしていたら最小限に食い止められたか

想定以上の津波の来襲で電源喪失
に至った福島第一原発
2011.4.9 見過ごされた危険
NHKテレビより
東電・福島第一原発の巨大津波によるメルトダウンに起因する大惨事は、防潮堤のかさ上げで最小限に食い止めることが出来たのか。もしそうなら、80億円という工事費をケチった為に未曾有の大惨事を起こした東電の責任、当時の管理者の責任は余りにも大きすぎないか。

復興、防災計画の遅れ、帰宅困難地域、仮設住宅住まい、分断された自治体、汚染駆除作業、そして復興予算の被災地外での使用など腹立たしいことが続く。巨大な復興計画、予算が考えられているが、北海道南西沖地震で津波被害が甚大だった奥尻島の復興を週刊誌で見ると投資する予算に反比例し、人口減で寂れている様子は復興計画の難しさを教えてくれる。

そして、最近福島第一原発事故対応に当たった吉田さんが亡くなり、その働きぶりを英雄視する記事がメデイアに載った。死人にむち打つつもりはないが、安全対策の責任が問われる人物であったことも確かだ。

3.11の東日本大震災、そして巨大津波の来襲で対応不能に陥ったとき、吉田さんは「しまった。あの時やっていれば・・」と一番責任を感じた人間ではなかったか。

東電・福島原発事故調査の報告を報じるテレビニュースを見ていた時、「防潮堤のかさ上げが提案されたが、吉田さんがそれを否定した」というテロップが流れたのを思い出す。

要は、吉田さんが本店の管理部長をやっていた時、最大で15m位の津波が押し寄せるシミュレーションが検討され工事費は80億円だったらしい。しかし吉田さんは「来るはずはない」と否定したらしい。何故だったのか。生きている内にそこのところが聞きたかった。

80億円という巨額な工事費も電力会社のやり方では電気代に賦課されるので東電にとっては痛くもないないはずだが、何故か実施に移さなかった。

考えられることは、当時地震学会では我が国ではM9クラスの地震は発生しないと言うのが通説だったことだ。吉田さんはこのことを主張したのだろうか。

英雄視するのであれば、「周りの反対を押し切って、防潮堤のかさ上げを実施し巨大津波による被害を最小限に食い止めることが出来た」ことで評価してほしかった。
更に、NHKの東電・福島第一原発メルトダウンの特別検証企画番組でも明らかになったことだが、原発という巨大設備にあって十分な訓練もされていなかったことだ。

その検証番組で学識経験者が、「ぶっつけ本番はすべて失敗だった」と言った言葉が印象的だった。

もう終わってしまったことではあるが、防潮堤を15m位にかさ上げし巨大津波に対応していれば、これほどの大惨事は防げたかどうか。

「安全とは、危険であることを知っていることだ」。吉田さんも経営者も「危険であること」を知らなかったことになる。


こういう経営体質の東電に巨大な原発施設を運転管理する資格はない。


東電・柏崎刈羽原発の再稼働に向け、「事前了解がなかった」「福島第一原発の事故調査が不十分」として新潟県知事が協議を拒否しているのは理解できる。

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