2011年5月25日水曜日

東電・福島第一原発事故調査・検証:「失敗学」で失敗に終わらないように



政府は原発事故調査・検証に委員会を立ち上げ、委員長に「失敗学」の畑村さんが就任するという。そこまでやらなくても分っていると言う政治家もいれば、権限もないのに解明出来るのかと言ったり、記録もなく、関係者の記憶に頼らざるを得ない現状に危惧する向きの多い。

でも、今まで明るみに出ていなかった事象を一つでも良いからあぶり出して欲しいモノだ。「失敗学」で失敗して欲しくないのだ。

畑村さんは、失敗の法則に(1)ある分野で起こった失敗は、必ず他の分野でも起きる、(2)失敗は時間と共に忘れられ、同じ失敗を繰り返すという。1)

そして、現代社会が高度の技術に依存しているために、技術が分野ごとに細分化され、統一的に理解されていないから不必要な失敗が多発する。この現状を打破するために、失敗を通じて学ぶ共有知識を作り、無駄な失敗を避けなければならないと言う。1) 

他人の失敗が身に付くことはほとんど無い。失敗が身に染みるのは、やった本人だけで他人には参考にならないという研究者もいる。化学工場では「類似災害の防止」が安全のテーマになり、他工場の事故を参考に、類似の事故を防止しようという取り組みが以前からやられているが、本当に役に立っているかは分らなかった。

また、ある会社工場で事故が起きると、次から次に他の会社工場でも類似の事故が報告される例が多い。記者が注目して探しているのか、2番手なら社会的批判も小さいだろうと、本来なら隠蔽する事故を公にしているのか。

今回の調査・検証が成功するか、失敗するかは関係者の証言、データの真偽が大きく影響する。「まずいモノには蓋」は日本の文化だが、総理をはじめ政府関係者、東電がどう臨むかにかかっている。

今までの報道からも(1)本部長たる総理が、任せることが出来ず細かいことまで口を出し、周りが右往左往する。何も指示が出ず、解決策が出てこない。大災害でのリーダーのあり方(2)議事録や記録を取っていないので、「言った言わない、聞いた聞かない」の責任の擦り合いになっている。誰が嘘を付き、誰が本当のことを言っているのか。危機管理センターでの会議、会話は自動的に録音されていないのか(3)危機管理センターが動いているのか。政府・東電統合対策室との連携が見えてこない。(4)ホウレンソウが不徹底で、コミュニケーションが取られていない。(5)「想定外」の考えは棄てて、想定できなかった原因を検証すべきだ。(6)地震が起き、津波が起き、放射性物質が拡散した、それぞれの災害拡大にどう対応してきたか、その対応が適切だったか。(7)原子力三原則「公開」「民主」「自主」がどうして守られなかったのか。原子力村は特別な存在にどうしてなったのか、知りたいことは沢山ある。

大事故での原因調査で思い出すのが、1986年1月28日のスペースシャトル「チャレンジャー号」
爆発事故調査でのノーベル物理学賞受賞の理論物理学者ファインマン博士の活躍だ。2)

事故防止方策を大統領に勧告するため、ロジャーズ国務長官を委員長に、政治家、宇宙飛行士、軍人、科学者1人からなる調査委員会が設置されたが、ファインマン博士の存在が調査委員会の成否を決めたという。2)

ファインマン博士は精力的に動き、シャトルのガスケット(Oリング)が低温によって損なわれたことを突き止めた。現場の技術者は危険を指摘していたが、期日厳守のNASA幹部が押し切った。報告書にはこのことは期されなかったが、博士の強い意向で、リチャード・P・ファインマンによるスペースシャトル「チャレンジャー号」事故 少数派調査報告として報告書の付録になったという。2)

ファインマン博士の付録がなければ、報告書は玉虫色のモノになったのだろう。

更に、最も重要な過失は、この危険な機械(スペースシャトル)が、いかにも通常の飛行機同様の安全性に達したかのように言って一般の市民を搭乗させた事だといい、NASAの幹部がしっかり現実に目を向け、弱点と不完全さを十分理解し、積極的に除去する努力をすることだという。2)

我が国の原発の政策上、安全が必要以上に宣伝され、原発の弱点、不完全さを軽視した事に今回の原発災害の根幹がある。政府、原発利権者(推進者)、原発関係者は肝に銘じ調査に協力すべきである。

1)失敗に学ぶものづくり 畑村編 講談社 2003.10.10
2)ファインマンさんベストエッセイ R・P・ファインマン 岩波書店 2001.3.15
                
写真:原発事故調・検証委員長に「失敗学」の畑村氏起用を報じる産経新聞 2011.5.25

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