2011年5月10日火曜日

情報公開って何なんだ!問われる国民の質



民主党は「情報公開を進める」と政権交代に当たり国民に誓った。しかし実情は、官邸機密費では
「そんなモノがあるのか」と惚けて見せたり、挙げ句は公開は都合が悪いと拒否する。原発震災ではスピーデイーによる拡散シミュレーションがあるにも係わらず、パニックを心配して公表を避けた。福島原発の被害状況も正しく公表されているかどうかは分らない。厳しいところは隠されているようだ。

政府が都合の悪いことは隠蔽して、思い通りの政策を推進することは昔からあるコトだ。古くは日米安保、核持ち込みなど外交上の機微に触れることから、最近の原発震災でのデータの隠蔽、開示の遅延など政権への不信は募るばかりだ。

国民やメデイアが、それとなく感じていることを「何もない」と否定する。政治に信頼など持てるはずがない。

もし情報公開していたらどうなるか。

メデイアはいろんな見方、考え方を報じるし、国民はパニックになるだろうコトは容易に想像できる。政府が警戒することは十分に分る。一方で、出来るだけ説明して公開すれば国民は納得するかと言えばそうはいかない。

国民にもいろんな考え方、利害が絡んで混乱状態になる。政府の考えに収束するなど考えられず、政権は国民の信を失い崩壊する。

継ぎに出てきた政権も、支持を失うことは致命傷なので隠匿行為に走り、何でもなかったように政策を進めていく。

言われている説明責任が十分に果たせない状況下では、隠蔽しても公開しても混乱は避けられず、真の情報公開は難しい。結局は国民の質が問われていることになる。

我が国にも情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)があり、その第一条(目的)には「国民主権の理念に則り行政文書の開示を請求する権利につき定めるコトなどにより、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が真っ当されるようにすると共に、国民の的確な理解と批判の下にある公正でw民主的な行政の推進に資する」とうたう。

総務省もHPで、情報公開制度について、国民に開かれた行政の実現を図るために重要な法律だという。しかし、情報公開がうまくいったと聞いたことがない。拒否は付き物で、公開された資料でも重要な箇所には黒でマーキングされているのだ。

情報公開の成否には、ひとえに国民、政治家、政権の質が問われているのだ。

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