2012年7月15日日曜日

いじめ問題:教育は家庭で8割、学校で1割、社会が1割では


「いじめ」でのアンケート結果を報じる
テレビ朝日 スクランブル
2012.7.15

学生時代のことだが、教育のことで学校の先生が責任追及されていた時、「教育は家庭で8割、学校で1割、社会で1割」と聞いたことがあり、この意見に同感だった。今、大津で中学生がいじめられ自殺に追い込まれた事件が毎日メデイアで大きく取り上げられているが、いじめている中学生の家庭ではどう対応していたのか。

教育委員会、学校は相変わらず隠ぺいしようと目論んでいたが、数次にわたるアンケート結果の公表、警察の家宅捜査で渋々対応も変わってきたが、「当時、いじめの認識はなかった」という点では変わっていない。

「いじめ」の定義はいじめられている本人が「どう受け止めるか」に係っているが、アンケートの結果では、「いじめ」よりも刑事事件での立件が可能な状況だ。学校では手に負えない段階に来ていたのではないかと思う。

そもそも、教育は8割が家庭の責任だ。

学校は1割、社会が1割と見る。何か学校で問題があると先生の責任が追及される。今回の事件も未然に防止できなかったことに学校の責任はあると思うが、大方はいじめる側の生徒の家庭の責任である。

保護者会でのニュースがメデイアで流れて、学校の先生に追及の矛先が言っているが、PTAは何をしていたのか。このような事件になれば相当噂は広まっていたはずだ。

PTAが事件の未然防止に活動することもできたはずではないのか。例えば、PTAで校内パトロールをして、いじめの発見、防止に努めることもできたのではないか。

勿論学校の在り方も問題になる。今は先生、学校がいろんな面で評価されるために「隠ぺい体質」がはびこって、「認識できていなかった」と責任逃れになる。

年配の教育長、顔にぼかしのかかった校長が責任逃れの説明をするたびに、教育とかけ離れた雰囲気になる。

私も最近、孫を保育園に迎えに行く途中で、中学生3人連れで、喧嘩か「いじめ」かわからない状況に出くわした。道路の真ん中にカバンが落ちていて、一人が弱そうな生徒に蹴りを入れていた。後の一人はへらへら笑いながら見ていた。
通りかかりに「何をしているんですか」と声をかけると喧嘩(?)を止め、何もなかったような態度をとる。「いじめ」か一時的な喧嘩かは確かに判断しにくい。

教育上問題が起きると、即学校の先生の責任が追及されるが、学校の先生だって今色んな仕事があって対応が後手になりやすい。

でも、教育の8割は家庭にあることには間違いない。自分の子供が社会で、学校で何をしているか、しっかり把握し導いていくのが親の仕事である。

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