2016年5月16日月曜日

2014東京都知事選、舛添さん出馬でトップ当選の自民党のご都合主義

2014年の東京都知事選での選挙ポスター
東京都・大田区久が原で
2014年の都知事選で舛添さんがトップ当選したことは3年で3人目の曰わく付きの知事の誕生になったが、背景には自民党の御都合主義が見え見えだ。

石原さんは国政に出たくて猪瀬さんを後釜に推薦し辞任、その猪瀬さんも5000万円の政治資金疑惑で辞任、下馬評には挙がっていたがなかなか正式に立候補表明出来なかった舛添さんが1週間前に自民党と折り合いが付き無所属で正式立候補となった。

当時の候補者をネットで調べると、元・日弁連会長の宇都宮さん、常連のドクター中松さん、元・航空幕僚長の田母神さん、そして舛添さん、元首相の細川さんら16人だ。

都知事候補は乱立気味で票が分かれる。今回は知名度、人気度では舛添さん、そのため脱原発を訴える細川さ(背後に小泉さん)と宇都宮さんの間で2位連合の話し合いがされたが折り合いが付かなかった経緯を覚えている。

そんな中で、舛添さんの出馬に向けた調整が長引き、1週間前にやっと決まったのには舛添陣営の自民党への働きかけがあったのだ。

舛添さんといえば、自民党政権で厚生労働相をやり、年金不正で「悪いことをした奴は牢屋にぶち込む」と大見得を切った。国民の期待は大きかった。当然人気も上がった。

舛添さんも自分の人気の高さを誤解したのか、自民党内で徒党を組む動きに出たがうまく行かなかった。居場所がなくなって考えを同じくする議員を連れて離党するも、付いてくる議員は数人の有様。自民党からは除名処分を受けた。

少人数では何も出来ず、弱小政党と組み新党改革の党首におさまった。新党を作れず既成政党を利用したと批判されていた。確か、直後の選挙でも議席を増やせず、自らの人気のなさを思い知ったことだろう。

そんな経緯があるから都知事に立候補し当選するには自民党の支持がどうしても欲しいところだが、一度除名処分を受けた自民党に歩み寄るなんて理解が出来ない。
ところが自民党は支持することになった。相手が人気のある小泉―細川陣営だ。おまけに脱原発を訴えている。どうしても勝つためには舛添支持しかなかったのだろう。

舛添さんは自民党都連に頭を下げ、自民党政策を鵜呑みにしたようだが、「大丈夫か」という声は当時から上がっていたのを覚えている。

各候補の主張は、東京を変える、東京オリンピック、災害に強い東京、教育改革などの他に各候補がそれぞれ特徴を出す政策も掲げたが、細川陣営の脱原発は都政に向かないという批判もあった。

その投開票の結果は、宇都宮さん約98万票、ドクター中松さん約6万票、田母神さん約61万票、舛添さん約211万票、そして細川さん約96万票だ。

舛添さんのトップ当選は予想されていたことだが、2位連合が出来れば舛添さんと接戦になっていただろう。結果が違っていたかもしれない。

今回のような舛添さんの「政治とカネ」でのスキャンダル問題は参議院議員時代から分かっていたことだが、どうしてこんな男を自民党は支持したのか。

自民党の候補者選びに都民が騙されたことになる。猪瀬さんからすると続けての不祥事だ。


舛添さんは、辞任せず、「都政に全力を尽くす」というが、全力を尽くされると税金を無駄遣いされるので即刻辞任して欲しい。後釜に誰が良いかは直ぐには思いつかないが、不信感をもたれた知事はもう持たない。

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2016.5.2掲載
石原、猪瀬、舛添さん:どうして東京都知事にまともな人が選ばれないのか
yamotojapan.blogspot.jp/2016/05/blog-post_2.html

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