2018年10月30日火曜日

東電強制起訴裁判(3):経営トップにも「業務上」「安全配慮義務」を


これを機会に経営トップにも「業務上」「安全配慮義務」があるという法理論(?)、判例を積み上げていってほしいものだ。今まで発生した事故を見ると担当者、その上司が責任を追及され経営トップは無罪放免だった。勿論社会的責任は大きいが・・。だから企業の事故は無くならない。訴えられた企業もひとまずホッとする。

福島第一原発事故の責任を問う東電強制起訴の公判で今日、当時「カミソリ勝俣」と言われたほど頭の切れる勝俣社長が出廷し証言する。どう証言するかに注目だが、おそらく長期評価、15.7mの巨大津波に対して信頼性を疑ったのだろう。「そんなことが本当に起きるか」と言うことだ。

だから津波により非常用電源が使えなくなった結果、原子炉の冷却ができなくなり今回のようなメルトダウンによる甚大な放射能事故を起こした。こんなことを「予見できる可能性があったか」と問われると「なかった」と言うのだろう

だとすると、「どうすれば今回のような甚大な被害を防止できたか」と問いかけてほしい。「信頼性がない」と言い逃れしていたが「信頼して対策を立て被害を防止できた原発もある」のをどう思うのか。

今回の公判はすでに検察が経営者の責任を追及しようとしたが断念した結果、検察審査会が「起訴相当」として強制起訴された裁判なのだ。

長期評価、15.7mの津波シミュレーション、土木学会、「業務上」の定義、若手の提案が社内でどう処理されたのか、御前会議の議事録、社員の証言などを検案し既存の法理論、証拠物件で検討し不起訴(?)にしたのだ。

だからまともに従来の考え方からすると起訴、経営トップの有罪など考えにくいかもしれないが、企業の事故防止と言うことを考えると経営トップの業務上に「安全配慮義務」を加えるべきだ。日常業務として安全には十分な配慮を企業トップが負うべきなのだ。

A「巨大地震の発生」→B「15.7mの津波来襲」→C「非常用電源ダウン」→D「メルトダウン」→E「あってはならない甚大な事故」
経営者がどこまで予見できたか、表向きは信頼性の問題で否定しているが、内心はA,Bまで理解できたはずだ。

C,D,Eまで予見できた技術者、社員がいるのか。東電福島第2原発ではC,D,Eに至らないように現場技術者が必死で対応したと新聞に載ったことがあるし、日本原子力発電ではA,Bを信頼し対策をとり被害を未然に防止したという。

考えれば考えるほど東電トップ、福島第一原発の問題点が浮かぶのだが・・・。



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