2019年3月13日水曜日

東電・原発事故強制起訴結審:旧経営陣3人は8年間も変わらず「無罪」の強い意志


東電・福島第一原発事故にかかわる旧経営陣3人の業務上過失致死傷罪強制起訴裁判が結審し、8年間相変わらず「無罪」の強い意志だ。これだけの甚大な事故を起こしてもその責任はなかったということか。

これまでの安全にかかわる事故の場合は、ほとんどが現場の課長や担当者の責任が問われたが今回は東電の当時の経営陣の責任が問われたのだ。東電としては会社トップの責任を認めるわけにはいかないのだろう。8年間相変わらず「無罪」の主張だ。

一度は検察が不起訴にしたが検察審査会で強制起訴された事案だ。誰が見ても公判維持は難しい。

13日の新聞報道から争点を見てみた。

   最大15.7mの津波をどう評価するか。政府/東電事故調査委員会報告の試算で信頼性に欠けるのか
   武藤さんが対策を取らずに土木学会に評価を委託したのは合理的判断だったのか
   予見の可能性があったのか
   専門的知見のない役員が情報収集すべきだったのか。
   どんな方法を取っても結果は避けられなかったか
   防潮堤がなくても5日前に運転を停止させていれば事故は防げたはず
   停止すれば国民生活、産業界に影響が大きい。さらに当時東電は経営が苦しかった福島第一原発は止めたくなかった。

長期評価やM9クラスの巨大地震の来襲、東電子会社の最大15.7mの津波来襲の試算、御前会議では了承されたそうだがあくまで「試算」と考えて先送りされたことで検討した若い担当者は「力が抜けた」と公判で証言していた。

まともな経営者なら防潮堤の増設を決断し、実施していれば今回のような甚大な被害は減災できたはずだ。

会社のトップ経営者には日常業務として安全配慮義務はないという姿勢を判例は取っている。だから「知らない」「聞いていない」で責任回避できるし、「専門的知見はもっていない」と抗弁できるが、こんな重大な事案だからわからなければもっと調査するように命ずればいいだけの話だ。土木学会への評価委託など時間がかかって何もやらないのと同じだ。

予見の可能性があったかどうかは「なかった」「知らない」と言われれば仕方ないことだが御前会議でも報告されていること、予見可能性がなかったで済まされない。どうして納得行くまで議論しなかったのか。

判例も企業トップの日常業務での安全配慮義務を認める企業文化を作るべきだ。不祥事が起き記者会見で会長、社長が謝罪するも「報告を受けていない」「しらなかった」発言が多い。

今回の東電旧経営陣3人に対する業務上過失致死傷罪は経営トップへの責任追及にいい事案である。下級審で認めても上級審で認められないこともあるが、技術が高度になれば被害も大きくなる。裁判官も意識改革すべきだ。

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