2021年1月16日土曜日

菅総理曰「制約ある生活を守る」と:国民に制約を守れ、では政府は?

 記者会見で菅総理は「制約ある生活を守れ」という。国民に制約ある生活を我慢しろと言うのだが、政府はどうなのか。政府の判断に甘さ、後手後手の対策の責任を国民に転嫁していないか。これまで感染拡大になったのは政府の経済再生策の一つであるGOTOトラベル推進を強行したためではないか。

本来なら、感染が落ち着いてからのGOTOトラベル実施だったが、地方経済の落ち込みに危機感を持った政府がまだ感染が増加しているにもかかわらず前倒ししたのだ。此れには観光業界を支援する二階さんらの意向が反映しているらしい。

政府はここにきて、特措法、感染症法改正で勧告、協力要請、違反者の公表、罰則などが検討されている。

緊急事態宣言の前に「予防的措置」もできるようにするらしい。

菅総理が言う「国民生活に制約」を押し付けて政府の怠慢、判断の甘さを国民に転嫁しようとしているのか。検討会では当然に慎重論も出ているらしい。当然だろう。

思い出すのはドイツのメルケル首相の記者会見だ。自由が拘束されていた東ドイツ出身のメルケル首相にとっては「自由の制約」は痛いほどわかるが、このコロナ感染拡大では「我慢」を国民に強いたのだ。説得力のあるメッセージとして高く評価された。

一方、菅総理のメッセージを評価する人は少ない。ペーパーの棒読みはバカにされるだけだ。

しかし、東京の感染者数の拡大が止まらない。軽症者や無症状者などを収容する施設、医療機関がないために数千人の人が自宅待機を余儀なくされている。待機中に急変し死亡する事例も出てきた。都は3つの公立病院をコロナの専門病院に指定するらしい。

それに比べ中国の武漢での対応は目を見張った。突貫工事で体育館のような建物を建設、医療器具を集めて収容施設にしたのだ。医療スタッフも全国からかき集めたらしい。

東京だって東京オリンピックの選手村を収容施設、医療機関に出来ないのか。もちろん医療関係の専門スタッフを集めなければならないが、大阪の例を見ると大変ならしい。

共産主義では政府が号令すれば何でもできそうだが、民主主義体制では新型コロナウィルス対策と経済再生の両立は難しい。感染防止には「人の動き」「外出自粛」「時短」などが主な手段になるがそれはすべて経済再生では逆効果なのだ。

国民が制約を守った生活を受け入れても感染拡大は防止できるのか。



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